第十九話「風の声」
帰還後。
空は、静かだった。
戦闘の感触が、まだ残っている。
(……いた)
確かに感じた。
あの空に。
俺と同じものを持つ存在が。
「なあ」
ガイアスに声をかける。
「さっきの戦闘、どう思った」
「どうって……罠だったな」
「それだけか?」
「それ以外に何がある」
迷いのない答え。
ユークスも頷く。
「敵の配置は合理的だった」
「補給部隊を囮にした伏兵」
「よくある手だ」
納得している。
(……やっぱりか)
俺だけだ。
あの違和感に気づいたのは。
「……いや、なんでもない」
言葉を飲み込む。
説明できない。
でも。
(あれは、ただの罠じゃない)
「それと、情報だ」
「カインのか?」
「ああ」
「正しい部分もあった」
「でも、ズレてた」
「偶然じゃないのか?」
「……分からない」
だが。
あの違和感。
あの男の言葉。
繋がる気がする。
(……見落とされやすい違和感、か)
「とりあえず」
「全部を信用するのはやめた方がいい」
ユークスが短く答える。
「同意だ」
それ以上は追及しない。
だが。
疑念は残った。
俺は厩舎に向かった。
ヴェントラが、静かにこちらを見る。
「……戻ったぞ」
近づく。
首に触れる。
冷たい鱗。
だが、嫌じゃない。
落ち着く。
「なあ」
「お前、分かってたのか」
低く鳴く。
言葉はない。
でも。
拒まれない。
ただ、そこにいる。
(……そうか)
俺は、選ばれたんじゃない。
“認められた”。
こいつに。
この空で。
「……まだ、よく分からないけどさ」
「お前となら、間違えない気がする」
ヴェントラが、わずかに翼を動かす。
風が、揺れる。
それが、返事のようだった。
そして、
一騎のワイバーンが厩舎の上空に突如現れる。
派手に着陸した赤いワイバーンから一人の女性が降りて来た。
「いい関係ね」
レグナ女王だった。
「……レグナ陛下」
「散歩よ」
「この子も、ずっと閉じ込めておくのは可哀想だから」
首を撫でる。
その仕草は、穏やかだった。
「クロノス」
「戦闘の報告を受けたわ、何か感じた?」
「……はい」
「敵の中に、同じものを持つ存在がいる気がしました」
レグナ女王は、迷わず頷く。
「ええ」
「それは、もう一つの“鍵”よ」
はっきりとした言葉。
「鍵は対で存在する」
「一つでは、意味を持たない」
「……やっぱり」
「対の鍵が揃った時、初めて我々は神を降臨させることができるの」
「二人の鍵が遺構に揃えば、神は願いを聞き入れる」
レグナ女王は真っ直ぐに俺の瞳を見る。
「神降臨は、過去に数度行われている」
静かに続ける。
「その時の記録も、手順も」
「王国にはすべて残っている」
思わず息を呑む。
「つまり」
「どうすれば神が降りるのかも」
「どうすれば終わるのかも」
「すべて分かっているということですか」
「ええ」
迷いのない肯定。
「だから私は」
「それを選んだ」
静かに。
「戦争を終わらせるために」
その言葉には、重みがあった。
「鍵は、人よ」
「ワイバーンに認められた者に素質がある」
「そして」
「遺構で認証された者が、“鍵になる”」
「……俺みたいに」
「そう」
「そしてもう一つは、敵側にある」
「いずれ、必ず接触する」
断言だった。
レグナ女王が、空を見る。
「接触をしたら、対の鍵を連れて遺構にいきなさい」
「そうすれば、神が降臨するわ」
「しかし、相手が帝国では…」
俺は思わず言ってしまった。
ただ、敵国の人間を連れてくるのなんて。
「あまりにもハードルが高すぎる…」
レグナ女王は分かっているように反応した。
「だけど。やるしかない。その上で、選んだ」
「神を降臨させると」
風が、少し強くなる。
「でも」
わずかに、声が揺れる。
赤いワイバーンの首を撫でる。
「この子たちを見ていると」
「それが、本当に正しいのか」
「分からなくなる時がある」
静かな告白。
初めて見た。
“迷いを知った上での決断”。
(この人は……)
ただの王じゃない。
全部を知って。
それでも、選んでいる。
「……俺は」
「まだ、何も分かってません」
「それでいい」
即答。
「分からなくても、考え抜きなさい。選ぶために」
「それが、鍵の役割よ」




