第百四十八話「裁定の先」
歓声が、空を震わせていた。
クロノスが、中央に立つ。
アルヴェリオが、ゆっくりと手を上げる。
その仕草だけで。
音が、消える。
まるで。
空気そのものが、従ったかのように。
「――裁定を、下します」
静かで。
揺るぎない声。
「最も相応しき者」
一拍。
全員が、息を止める。
「クロノス」
「あなたです」
――爆発。
歓声が、押し寄せる。
波のように。
王国席。
ユークスが拳を握る。
「……やりやがったな」
ウェナスが、安堵の息を漏らす。
レグナは。
ただ、クロノスを見ている。
言葉はない。
だが。
すべてを託している目だった。
その時。
――音が、消えた。
風が、止まる。
ざわめきが、途中で途切れる。
誰もが、気づく。
“何かが違う”と。
広場の外縁。
いつの間にか。
人影が、並んでいた。
教団。
帝国兵。
無言。
整然。
逃げ道を、塞ぐように。
観客の一人が、震える声を出す。
「……なんだ、あれ」
王国兵が、動こうとする。
だが。
足が止まる。
目の前には。
民。
子供。
逃げ遅れた者たち。
ここで剣を抜けば。
守れない。
中央。
アルヴェリオが、一歩下がる。
理解してしまった。
これは。
自分の“裁定”では、終わらない。
その隣。
カルディスが、前へ出る。
微笑む。
変わらぬ、穏やかな顔。
だが。
その背後にあるものは。
完全な支配。
「皆様」
軽く手を上げる。
兵が、一斉に静止する。
まるで。
一つの生き物のように。
「どうか、落ち着いてください」
柔らかい声。
だが。
逆らえない。
その時。
――空が、裂けたように見えた。
一つの影が、観客席から落ちる。
ゆっくりと。
重く。
中央へ。
降りてくる。
空気が、押し潰される。
誰も、息を吸えない。
着地。
――ドン。
鈍い衝撃。
地面が、わずかに沈む。
そこに立っていたのは。
ヴァルター。
かつての姿とは、別物。
全身に走る金属。
呼吸を支える装置。
人の形をしているだけの。
“戦うための存在”。
だが。
その目だけは。
異様に澄んでいた。
観客が、後ずさる。
無意識に。
本能が、拒絶する。
ヴァルターは、ゆっくりと歩く。
一歩。
また一歩。
中央へ。
クロノスの前へ。
止まる。
見下ろすように。
そして。
会場全体を、見渡す。
王国。
アルカ。
連邦。
教国。
海洋諸国連合。
帝国。
すべて。
ここに集まっている。
ヴァルターが、口を開く。
「……よく集まった」
低い声。
だが。
全員に届く。
不思議なほど、はっきりと。
「我々は」
「長い歴史の中で」
「争い続けてきた」
一歩、踏み出す。
「己の正義を、貫くために」
観客が、静まり返る。
誰も、否定できない。
「そして――」
ゆっくりと、腕を広げる。
「今」
「初めて」
「人類すべての国が」
「ここに集まっている」
事実。
圧倒的な事実。
ヴァルターの目が、鋭くなる。
「ならば」
一拍。
空気が、張り詰める。
「ここで終わらせよう」
その言葉。
重い。
異常なほどに。
「人類同士の戦いを」
ざわめき。
理解と、困惑。
混ざる。
ヴァルターは、続ける。
「私は」
胸に残った左手を当てる。
「命を懸ける」
迷いはない。
断言。
そして。
クロノスを見る。
真正面から。
「王国のクロノス・アストリア」
名を呼ぶ。
全員の視線が、クロノスへ。
「お前も、この場で」
「命を懸けろ」
空気が、凍る。
レグナが、立ち上がる。
「……やめて」
小さく、呟く。
だが、届かない。
ユークスが、歯を食いしばる。
ウェナスが、祈るように手を握る。
ガイアスは。
何も言わない。
ただ。
見ている。
クロノスを。
ヴァルターが、言い切る。
「人類が進むべき道を」
「決める戦いを」
「ここで行う」
沈黙。
そして――
ざわめきが、爆発する。
「……なんだそれは!」
「決闘だと!?」
「本気か……!?」
恐怖。
興奮。
狂気。
すべてが、混ざる。
クロノスは、動かない。
ただ。
ヴァルターを見ている。
その目。
逃げていない。
そして。
ゆっくりと。
剣を、握る。
――決断の音。
世界が。
次の段階へ、進もうとしていた。




