第百四十四話「開幕」
空飛ぶ遺構の下。
かつて神が降り立った場所。
その地に――
巨大な円形の会場が完成していた。
石で築かれた段差。
幾重にも重なる観覧席。
そして中央。
広大な“舞台”。
空を覆うように、塔が伸びている。
地上と、神の領域を繋ぐ柱。
その存在だけで。
空気が、歪んでいた。
世界中から、人が集まる。
王国。
連邦。
教国。
海洋諸国連合。
そして、帝国。
さらに。
アルカ・ドラグナの旗も、掲げられていた。
だが。
その中心にいるはずの男は、まだいない。
誰も、それを知らない。
――王国陣営。
クロノスが、静かに立っている。
隣には、ヴェルンを挟んでレグナ。
二人とも、戦装束。
かつてとは違う。
守るものを持った者の顔。
「……来たな」
クロノスが呟く。
レグナは、頷く。
「ええ」
その視線。
会場全体を見渡す。
「……多いな」
観客。
兵。
各国の代表。
まるで、祭りのようだった。
だが。
誰も笑っていない。
全員が、理解している。
これは。
“世界の命運を決める場”だと。
――帝国陣営。
静寂。
整列した兵。
その中心。
ヴァルターが立っていた。
機械の装置が、微かに鳴る。
以前よりも。
さらに異形。
だが。
その目は、生きている。
「……揃ったか」
低く呟く。
レオハルトが、後ろに控える。
「はい」
「全て、計画通りに」
その言葉。
疑いはない。
ヴァルターは、ゆっくりと会場を見る。
王国。
連邦。
教国。
海洋諸国連合。
そして。
アルカの旗。
その瞬間。
わずかに、目が細まる。
「……来ていないな」
誰のことか。
言うまでもない。
だが。
すぐに、興味を失う。
「……構わん」
すでに。
舞台は整っている。
役者が一人欠けても。
止まらない。
――教団。
中央。
高台。
そこに、一人立つ。
白い衣。
静かな威圧。
アルヴェリオ。
教団の頂点。
その隣。
カルディスが、控えている。
アルヴェリオは、ゆっくりと前に出る。
会場が、静まる。
風すら、止まったかのように。
そして。
口を開く。
「――諸君」
その声。
不思議なほど、響く。
「長き時を経て」
「この日が、訪れました」
静かに。
だが、確実に。
「神に支配された空」
「争いを続ける地上」
「その歪みを、正す時です」
観客が、息を呑む。
「本大会は」
「“神の代行者”を決めるためのもの」
その言葉。
世界の重みを持つ。
「選ばれし者は」
「神に直接、願いを届ける権利を得る」
ざわめき。
誰もが理解する。
それが何を意味するか。
世界を書き換える力。
その資格。
アルヴェリオは、続ける。
「だが」
一拍。
「それに相応しき者は」
「ただ一人でよい」
空気が、張り詰める。
「ゆえに――」
ゆっくりと、手を上げる。
「ここに」
「選定の儀を、開始する」
その瞬間。
空が、揺れる。
塔が、微かに光る。
何かが、起動する。
見えない力。
それが。
世界を覆い始める。
クロノスは、眉をひそめる。
「……来るぞ」
低く言う。
レグナも、剣に手をかける。
ヴァルターは、笑う。
静かに。
確信を持って。
そして。
世界は。
もう、戻れない場所へと進んだ。
「――開幕だ」




