第百四十三話「嵐の前」
――三年が、過ぎていた。
小さな戦いは、続いている。
王国。
連邦。
そして、アルカ・ドラグナ。
三つの勢力は、帝国に対し。
止まらない圧をかけ続けていた。
補給を断ち。
資源を奪い。
局地で削る。
だが――
帝国は、止まらない。
塔は、すでに完成している。
その周囲。
巨大な円形の会場。
整備は、終わりに近づいていた。
人が集まり。
舞台が整う。
まるで。
“その時”を待つように。
そして――
大会の存在が発覚してから。
七年。
ついに。
各国へ。
正式な招待状が届いた。
王国。
玉座の間。
レグナは、それを見つめていた。
重厚な紙。
封印。
教団の紋章。
「……来たわね」
静かな声。
それは、予想していたもの。
だが。
避けられないものでもあった。
「如何なされますか?」
側近が問う。
レグナは、しばらく黙る。
そして。
「……行くしかない」
はっきりと言う。
迷いは、ない。
「逃げれば」
「世界から外れる」
「それは、許されない」
王としての決断。
そして――
母としての覚悟。
場面は変わる。
王国・庭園。
穏やかな陽光。
笑い声。
「こっちだって!」
ヴェルンが走る。
その後ろ。
小さな足音。
もう一人。
幼い子。
クロノスとレグナの、第二子。
まだ歩き始めたばかり。
必死に、追いかける。
「おいおい、無理すんなって」
クロノスが笑いながら近づく。
しゃがみ込み。
子を抱き上げる。
「オルディアス」
その名を呼ぶ。
子は、笑う。
意味は分からない。
だが。
その音に、安心するように。
クロノスの表情が、少しだけ変わる。
遠くを見る目。
思い出すのは。
かつての戦場。
そして。
一人の男。
「……見てるか」
小さく呟く。
返事はない。
だが。
風が、吹いた。
レグナが近づく。
「その名前」
静かに言う。
「あなたが、決めたのよね」
クロノスは、少しだけ笑う。
「……ああ」
「いい名前だと思う」
レグナは、優しく頷く。
「ええ」
「きっと、強くなるわ」
その言葉。
未来を信じている。
クロノスは、子を見つめる。
「……強くなくていい」
一瞬。
レグナが、少し驚く。
「……え?」
「守るからな」
短く。
だが、確かに。
その言葉に。
レグナは、少しだけ笑う。
「……そうね」
そして。
二人で、子どもたちを見る。
ヴェルン。
オルディアス。
未来。
守るべきもの。
それが、ここにある。
その目は、優しい。
背後からヴェルンの声。
「父さん!」
その呼び方。
少しだけ、照れくさい。
クロノスは、苦笑する。
「なんだよ」
「また遊んでくれ!」
無邪気な声。
一瞬だけ。
クロノスの表情が、緩む。
「……おう 当たり前だ!」
頷く。
だが。
その視線は、少しだけ遠くを見る。
塔。
大会。
そして。
避けられない戦い。
静かに。
息を吐く。
「……もうすぐだな」
誰にも聞こえない声。
――世界のどこかの場所
「見つけた」
ガイアスが言う。
イリスが頷く。
「……ええ」
「間違いない」
二人で見た。
地下の大空洞。
空と同じ広がり。
そして。
無数の影。
「ワイバーン……」
確かに、生きていた。
ガイアスは、空を見上げる。
「……戻るぞ」
「今度は」
「空も…海も自由にしたいな」
イリスが、静かに笑う。
「ええ」
――再び、王国。
レグナは、窓の外を見る。
空。
静かすぎる空。
その手には。
大会の招待状。
ゆっくりと握る。
「……あなた」
小さく呟く。
クロノスの名を呼ばずに。
それだけで伝わる。
「行きましょう」
静かに。
だが、強く。
決意は、固まった。
七年。
準備された舞台。
すべてが。
この瞬間に、繋がる。
世界は。
再び、動き出す。




