第百四十二話「止まらない帝国」
空飛ぶ遺構の近傍。
かつて神が降り立った場所。
その軌道上に――
塔は、完成していた。
地上から天へ伸びる巨大な構造物。
そして、その周囲。
広大な土地が整備されている。
石が敷かれ。
観客席のような段差が築かれ。
巨大な円形の空間が、形を成し始めていた。
“大会会場”。
世界を巻き込む儀式の舞台。
その中心で。
帝国兵が、黙々と作業を続けている。
止まる気配はない。
――そこへ。
影が走る。
低く。
速く。
音を殺して。
クロノス。
その背後には、王国の精鋭。
さらに遠方。
連邦の部隊が、補給路を叩いている。
そして。
アルカ・ドラグナの紋章。
だが――
その中心にいるはずの男は、いない。
誰も、それを知らない。
「……行くぞ」
クロノスが低く言う。
目標は。
補給拠点。
大会整備のための資材が集まる場所。
ここを叩けば。
進行は遅れる。
そう考えていた。
突入。
刃が走る。
帝国兵が倒れる。
短い戦闘。
確実な制圧。
「制圧完了!」
声が上がる。
資材を焼く。
崩す。
破壊。
だが。
クロノスの目は、別のものを見ていた。
遠く。
別の補給隊。
すでに到着している。
「……早い」
思わず漏れる。
壊しても。
すぐ補充される。
止まらない。
まるで。
“最初から織り込み済み”のように。
「撤退するぞ!」
クロノスが指示を出す。
無理に深追いしない。
ここは削るだけでいい。
そのはずだった。
――王国。
城内。
レグナが報告を受けていた。
「補給拠点、三箇所制圧」
「連邦による輸送遮断も成功」
結果は、出ている。
確かに。
帝国は、削られている。
だが。
「……進行は?」
レグナが問う。
一瞬の沈黙。
「……止まっていません」
その一言。
空気が、重くなる。
「むしろ……」
「加速しています」
誰も言葉を発しない。
異常だった。
普通なら。
遅れる。
崩れる。
だが。
帝国は――
止まらない。
――再び、前線。
クロノスは、高台から塔を見ていた。
巨大な構造物。
すでに完成している。
その周囲で。
人が動き続けている。
まるで。
“準備”のように。
「……違うな」
小さく呟く。
隣にいた兵が振り向く。
「え?」
クロノスは、目を細める。
「これ」
「止めようとしても、意味がない」
一歩、前に出る。
「最初から、完成してる」
塔は。
すでに“役目を終えている”。
今やっているのは。
その周囲。
舞台の整備。
「……大会か」
呟く。
その瞬間。
理解する。
「……あいつ」
ヴァルターの顔が、浮かぶ。
「これ、全部」
一拍。
「誘ってる」
背筋が、冷える。
攻撃すればするほど。
こちらは、関与を深める。
無視すれば。
完成する。
どちらでも。
“参加するしかなくなる”。
「……大会に」
答えが出る。
この戦いは。
戦争ではない。
“招待”だ。
クロノスは、拳を握る。
「……ふざけやがって」
だが。
目は、笑っていない。
完全に理解した顔。
「……いい」
低く言う。
「乗ってやる」
風が吹く。
塔の影が、地上を覆う。
世界は。
次の段階へ進もうとしていた。




