第百四十話「空に残された意志」
空へと伸びる塔。
それはもはや建造物ではなかった。
“意思”だった。
地上から天へ。
神へ届くための、唯一の道。
そして今。
その頂は――
空飛ぶ遺構の軌道へと、接続された。
歪んだ光が、空に走る。
軌道が、固定される。
完成。
帝国の執念が、形になった瞬間だった。
塔の内部。
重厚な扉が、ゆっくりと開く。
踏み入れる足音。
先頭に立つのは――
ヴァルター。
機械の生命補助装置が、低く唸る。
その背後。
レオハルト。
そして。
リゼル。
さらに、選ばれた帝国兵たち。
「……ここが」
リゼルが、呟く。
内部は、静寂だった。
崩壊しかけているはずなのに。
異様なほど、整っている。
壁。
床。
全てが、人の手ではない造形。
「神の……遺構」
その言葉に。
ヴァルターは、何も答えない。
ただ、歩く。
奥へ。
さらに奥へ。
やがて。
足が止まる。
そこにあったのは――
布にくるまれた白骨化した遺体。
完全に朽ちた、鎧。
そして。
剣。
誰のものか。
言うまでもない。
「……エルンスト」
レオハルトの声が、震える。
ヴァルターは、ゆっくりと近づく。
膝をつく。
無言のまま。
その骨に、左手を触れる。
冷たい。
何も残っていない。
だが。
確かに、そこにあった。
意志が。
「……遅れたな」
低い声。
誰にも聞かせるためではない。
「お前は、ここまで来たか」
静かに。
だが、確実に。
刻み込むように。
「……無駄にはせん」
その一言。
それが全てだった。
立ち上がる。
振り返る。
その目は、すでに次を見ている。
「進むぞ」
短く。
誰も逆らわない。
さらに奥。
やがて。
空間が、開ける。
中心に。
“それ”はあった。
巨大な装置。
球体。
光が、内部で脈動している。
まるで――
生きているかのように。
「……これが」
リゼルの目が、見開かれる。
「神の技術……」
近づく。
手を伸ばす。
触れる。
瞬間。
情報が、流れ込む。
「……っ!」
息を呑む。
理解する。
これは――
生命エネルギーの制御装置の一つ。
星規模の。
「……こんなものを……」
人間では、絶対に辿り着けない領域。
その時。
「使えるか 兵器に」
ヴァルターの声。
振り向く。
その目。
狂気と、確信。
両方が宿っている。
「……理論は、理解できる」
リゼルが答える。
「だけど……」
一瞬、言葉が詰まる。
「これを兵器に転用するなど――」
「できる」
即答。
否定を許さない声。
沈黙。
そして。
ヴァルターは、言う。
「神は、殺せる」
その言葉。
誰も、否定できない。
「ドラゴンもな」
静かに。
だが、確実に。
「二つとも、消す」
その宣言。
人の領域を、完全に踏み越えている。
レオハルトが、背筋を伸ばす。
「……ご命令を」
迷いはない。
ヴァルターは、視線を向ける。
「この技術を解析し」
「兵器に変えろ」
「神とドラゴンが戦う時」
「人間が“勝つ”ための手を用意する」
一歩、踏み出す。
「これは保険ではない」
一拍。
「勝利条件だ」
空気が、変わる。
誰もが理解する。
これは。
もう、戦争ではない。
“世界の奪い合い”だと。
リゼルは、拳を握る。
この先にあるもの。
理解している。
それでも。
止められない。
ヴァルターは、もう止まらない。
そして。
塔は、完成した。
神へ届く道。
そして。
神を殺すための舞台が。
整った。




