第百三十九話「空の下、もう一つの空」
アルカ・ドラグナ。
空は、自由だった。
光の球は、近づかない。
ドラゴンの気配が、その領域を守っている。
だからこそ。
人が、集まる。
王国から。
教国から。
かつての帝国領から。
そして。
名もなき地から。
“空を求めて”。
港は、賑わっていた。
船が着き。
人が降り。
新しい生活が、始まる。
「……増えたな」
ガイアスが、呟く。
高台から見下ろす景色。
かつては、小さな集まりだった場所。
今は。
一つの“国”として、形を持ち始めている。
「いいことだろ」
隣で、イリスが言う。
「ここは、自由なんだから」
「……ああ」
ガイアスは頷く。
だが。
その視線は、空に向いていた。
何も飛んでいない空。
かつて、当たり前だった存在。
ワイバーン。
「……戻ってくるのか」
小さく呟く。
その時。
「戻るともさ」
しわがれた声。
振り向く。
一人の老婆。
背は小さい。
だが。
その目は、強い。
「……あんた」
ガイアスが言う。
老婆は、ゆっくりと笑う。
「昔、ワイバーンを育ててた者さ」
その一言。
空気が変わる。
ガイアスの目が、鋭くなる。
「……本当か」
「嘘をつく年でもないよ」
軽く笑う。
そして。
空を見る。
「いい時代だった」
遠くを見る目。
「空には、あいつらがいて」
「人は、それに乗って」
「風を感じていた」
懐かしむように。
だが。
少しだけ、寂しそうに。
「……神が来る前か」
ガイアスが言う。
「そうさ」
老婆は頷く。
「神が来て」
「空は、奪われた」
「ワイバーンも、消えた」
静かな語り。
だが。
重い。
「……でもね」
老婆が、少しだけ笑う。
「全部が消えたわけじゃない」
ガイアスの眉が動く。
「……どういう意味だ」
老婆は、ゆっくりと近づく。
そして。
小さく言う。
「世界の果てに」
「“もう一つの空”がある」
沈黙。
「……地下さ」
「とてつもなく広い、大空洞」
「空と変わらないほどの広がり」
ガイアスの呼吸が、わずかに変わる。
「そこで」
「ワイバーンは、生きている」
その言葉。
現実とは思えない。
「……本当か」
低く問う。
老婆は、静かに頷く。
「神に見つからない場所」
「だから、生き残れた」
そして。
続ける。
「そろそろ、また外に出てきてるかもねえ…」
「理由は一つさ」
一拍。
「……目覚め始めたんだよ」
風が吹く。
空が、揺れるように見える。
「神が弱まったのか」
「それとも」
「何かが変わったのか」
「理由は分からない」
「でもね」
老婆は、ガイアスを見る。
「呼ばれてるよ」
その言葉。
まっすぐに。
突き刺さる。
「……俺が?」
「さあね」
軽く笑う。
「でも、あんた」
「ドラゴンに選ばれてるだろ」
ガイアスの目が、わずかに揺れる。
「なら」
「次は、空の獣たちだ」
その一言。
未来を指し示す。
ガイアスは、空を見る。
何も飛んでいない。
だが。
確かに感じる。
“気配”。
どこかで。
何かが、動いている。
「……行くか」
小さく呟く。
イリスが、隣で笑う。
「決まりだね」
その言葉に。
ガイアスは、静かに頷いた。
自由な空の下で。
次の“空”への道が、開かれる。




