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第百三十六話「神の正体」

 帝国・研究施設。


 塔の影に隠された、地下深く。


 そこには。


 世界中から集められた記録が、積み上げられていた。


 古代遺跡の写本。


 失われた文明の断片。


 教国の秘匿文書。


 海洋諸国連合に残されていた未改竄の記録。


 それらすべてが。


 この場所に、集められている。


 目的は一つ。


 “神の正体”を解き明かすため。


 その中心で。


 リゼルは、立っていた。


「……あり得ない」


 小さく呟く。


 だが。


 手は止まらない。


 紙に走るペン。


 数式が、次々と埋まっていく。


 軌道。


 周期。


 観測記録の誤差補正。


 各地の伝承との照合。


 すべてが、一つの線に収束していく。


「……違う」


「違う……」


 否定する。


 だが。


 何度計算しても、結果は同じだった。


 やがて。


 手が止まる。


 静寂。


 そして。


「……そういうことか」


 理解してしまった。


 リゼルの視線が、ゆっくりと上がる。


 広げられた星図。


 この世界。


 そして。


 もう一つ、描かれた軌道。


「神は……」


 言葉にするのが、怖い。


 だが。


 止められない。


「この星の存在じゃない」


 空気が、変わる。


「別の星から来ている」


 静かに、整理する。


「約130年周期で接近する軌道」


「そのタイミングでのみ、“干渉”が成立する」


 そして。


 核心。


「……あれは」


 震える声で。


「“神”じゃない」


 一拍。


「高度な文明を持った――元生命体」


 沈黙。


 リゼル自身が、その言葉の重さに押し潰されそうになる。


「文明が進みすぎて」


「生殖機能を失った種族」


「個としては不完全」


「だから……」


 そこで、気づく。


 “鍵”の意味。


「……補っている」


「この星の生命で」


 背筋が、凍る。


 その時。


 拍手。


 ゆっくりと。


 乾いた音。


 振り返る。


 そこにいたのは。


 ヴァルター。


 機械の生命補助装置を軋ませながら。


 ゆっくりと歩いてくる。


「……見事だ」


 低く。


 だが、どこか楽しげな声。


「そこまで辿り着いたか」


 リゼルは、息を呑む。


「……あなた」


「これを、理解して……」


「理解した?」


 ヴァルターが、笑う。


 そして。


 次の瞬間。


 ――大笑いした。


「はははははははは!!」


 施設に響き渡る。


 止まらない。


「神だと?」


「神などと呼んでいたのか、あれを?」


 笑いながら、言う。


「ただの“生き物”じゃないか」


 その言葉。


 あまりにも軽い。


「……理解してるの?」


 リゼルが言う。


「相手はこの世界を支配してる存在よ」


「光の球だって――」


「だから何だ」


 ヴァルターが遮る。


 笑いながら。


「“殺せる”」


 その一言。


 空気が凍る。


「神でもなければ」


「絶対でもない」


「ただの知能体だ」


「なら」


 一歩、近づく。


「手段さえあれば、殺せる」


 確信。


 狂気ではない。


 論理。


 リゼルは、後ずさる。


「……あなた、何を考えて」


「決まっている」


 ヴァルターは、静かに言う。


「大会だ」


 その一言で。


 すべてが繋がる。


「鍵を集める」


「強者を集める」


「遺構へ至る条件を整える」


 そして。


「――神を引きずり出す」


 リゼルの呼吸が乱れる。


 そして。


 理解してしまう。


「……まさか」


「大会って……」


 ヴァルターは、笑う。


「気づいたか」


 ゆっくりと。


「裁定など、どうでもいい」


「ただの“餌”だ」


 その言葉。


 絶望。


「鍵を持つ者」


「強者」


「すべてを一箇所に集めるためのな」


 リゼルの顔から血の気が引く。


「……狂ってる」


「違うな」


 ヴァルターは、静かに言う。


「やっと、正しくなった」


 その目。


 迷いはない。


 完全な確信。


「神も、ドラゴンも」


「すべて消す」


「その後に」


「帝国の空を作る」


 静かに。


 だが。


 圧倒的に重い言葉。


 リゼルは、その重圧に耐えられず、思わず壁へもたれかかった。


 すると、一枚のメモが壁から落ちた。


 そこには、『鍵とは?』と自身で書きなぐった文字があった。


 何重にも平行して頭の中で処理をするリゼルはふと、気になることが生まれていた。


 (でも…なぜわざわざ人間が呼んでから、神は来るの…?)


 「人間がわざわざ神を"呼ぶ"という仕組み…」


 リゼルは思わず呟く。


 「ん?」


 怪訝そうにリゼルを見るヴァルター。


 (確か、クロノス先輩は神を呼んだ際、体力が無くなって行くのが分かった。って言ってた)


 (でも、それをレグナ女王が救ったと…)


 (ということは、一人では生命エネルギーが足りないから…二つ鍵がいるということ)


 (だけど、降臨した後は…この星自体に生命エネルギーが満ちている)


 (…降臨後は願いを届けるのに…鍵の生命エネルギーはもう関係ない?)


 (運悪く…大会には各国から来る大勢の人間…)


 (まさか…鍵さえあれば、保持者の生命エネルギーは無くても…神に届く…声は…)


 その結論。


 あまりにも、重い。


 それは、


 「…生きていなくても…」


 そこで、ふと自身がこれから犯そうとしている罪に気づいた。


 このまま、考え事を整理するために呟いてしまったら


 ヴァルターに知られる。


 クロノスが生きていなくても、鍵としての機能は果たせるということを。


 すると。


 「……おかしいな」


 低い声。


 鋭い視線。


「まだ、あるだろう」


 一歩。


 さらに近づく。


「何かを」


「隠している」


 リゼルの鼓動が、跳ねる。


 見抜かれている。


 だが。


 言えば。


 終わる。


 クロノスが。


 殺される理由になる。


「……ないわ」


 絞り出すように言う。


「これが全部よ」


 沈黙。


 ヴァルターは、じっと見つめる。


 そして。


 ――笑った。


「……いい」


「今はな」


 その一言。


 見逃したわけではない。


 “保留”しただけ。


 リゼルは、理解する。


 時間はない。


 この情報を。


 “誰かに伝えなければならない”。


 だが。


 どうやって。


 この場所から。


 その答えは、まだない。


 ただ一つ。


 確かなこと。


 大会は。


 “クロノスを殺すための舞台”でもあるということ。

 

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