第百三十五話「選ばされる側」
王都・王城。
重厚な会議室。
沈黙が、支配していた。
机の中央。
一通の書状。
それが、すべての原因だった。
「……これが」
文官が、静かに言う。
「教団より届いた事前招待状です」
場の視線が、集中する。
封はすでに切られている。
中身は、明確だった。
「裁定者選定大会」
「開催地――空飛ぶ遺構近周辺、建設中の塔」
「どの国にも属さない中立領域」
ざわめき。
「中立など、建前だ」
誰かが吐き捨てる。
「実質、帝国の支配下だろう」
「間違いありません」
別の者が続ける。
「塔の建設は、帝国主導」
「海洋諸国連合の資源が投入されています」
空気が重くなる。
逃げ場のない構図。
そして。
「……さらに」
文官が、言葉を続ける。
一瞬、間を置いて。
「本大会は、“鍵を持つ者”の参加を強く求める」
沈黙。
全員が理解する。
これは。
“指名”だ。
クロノスへ。
視線が、一斉に向く。
クロノスは、動じない。
ただ、書状を見る。
「……随分と、分かりやすいな」
小さく呟く。
「誘い込みだ」
誰かが言う。
「確実に捕らえに来る」
「分かりきっている罠です」
声が重なる。
だが。
「……それでも」
レグナが口を開く。
一瞬で、静まる。
「無視はできない」
その一言。
全員が理解していた。
「これは“大会”の形をしているけど」
「実質、世界への宣言よ」
「ここに来い、と」
視線が鋭くなる。
「行かなければ」
「王国は“逃げた”と見なされる」
「連邦も、アルカも」
「こちらを見限る可能性がある」
現実。
逃げ道は、ない。
「……俺は行く」
クロノスが言う。
迷いはない。
「鍵は俺だ」
「呼ばれてるなら、出るしかないだろ」
当然のように。
だが。
その言葉は、重い。
「……あなた」
レグナが、静かに呼ぶ。
その呼び方。
場の誰もが気づく。
“王と部下”ではない。
それ以上の距離。
「あなたが行けば」
「確実に狙われる」
「分かってる」
クロノスは即答する。
「でも」
一瞬だけ、目を伏せる。
「ここで引いたら」
「全部、持っていかれる」
静かな言葉。
だが。
核心だった。
レグナは、目を閉じる。
一瞬だけ。
王ではなく。
一人の人間として。
考える。
そして。
目を開く。
「……分かった」
決断。
「王国は、大会に参加する」
場が凍る。
「ただし」
言葉を続ける。
「これは“参加”じゃない」
「“対抗”よ」
強く、言い切る。
「連邦と連携する」
「アルカとも情報を共有する」
「単独では絶対に動かない」
そして。
クロノスを見る。
「あなたを」
「絶対に、失わない」
その言葉。
王としてではない。
個人の想い。
クロノスは、わずかに笑う。
「……頼む」
短く。
だが。
信頼が込められている。
会議は続く。
護衛。
情報網。
連邦との連携。
すべてが詰められていく。
だが。
誰もが分かっている。
これは。
“勝つため”ではない。
“奪われないため”の戦いだと。
会議が終わる。
人が去り。
静寂が戻る。
「……怖い?」
クロノスが言う。
レグナは、少しだけ笑う。
「怖いに決まってる」
素直な言葉。
「でも」
一歩、近づく。
「あなたとなら」
その一言。
すべてが込められている。
クロノスは、頷く。
「……行こう」
こうして。
王国は。
“選ばされる側”から。
“選びに行く側”へと踏み出した。
その先に待つのが。
罠か。
運命か。
まだ、誰にも分からない。




