第百三十二話「塔は空を裂く」
それは、海の上にそびえていた。
かつて。
何もなかった場所。
今は。
白焔教団の名の元、教国、帝国、海洋諸国連合が"支援"をしている場所。
巨大な“塔”が、空へと伸びていた。
無数の柱。
複雑に絡み合う鉄骨。
そして。
空を目指すように、積み上げられていく構造物。
だが。
それはただの建造物ではない。
“遺構へ至るための道”。
人が、再び空へ干渉するための装置。
その足元。
近くの港には、数多の船。
かつての海洋諸国連合のものだった船。
今は。
帝国の旗が掲げられている。
鉄と木材。
鉱石。
未知の資源。
それらが、絶え間なく運び込まれていた。
「……遅い」
低く、冷たい声。
レオハルト。
塔の中腹。
仮設された指揮台の上に立っていた。
若い。
だが。
その目は、冷え切っている。
「第三搬送隊、到着予定から十分遅延」
部下が報告する。
「理由は」
「……海流の影響と」
「言い訳だな」
即座に切り捨てる。
沈黙。
「次は遅れるな」
それだけ。
だが。
それ以上は必要ない。
部下は、即座に頭を下げる。
「はっ」
レオハルトは、視線を上げる。
塔の先。
遥か上空。
“空飛ぶ遺構”。
かすかに見える。
雲の奥。
だが、確かに存在している。
「……待っていてください」
呟く。
その言葉は。
誰に向けたものでもない。
ただ。
“あの男”に向けて。
場面が変わる。
レオハルトは報告をしに移動していた。
海上。
大型船の上。
そこには、数人の人物が並んでいる。
新たな元首たち。
かつての連合の、後継者。
だが。
その顔には。
誇りはない。
あるのは。
恐怖と、従属。
「……これで、本当にいいのか」
一人が呟く。
「黙れ」
別の者が即座に制する。
「聞かれているぞ」
視線。
船の甲板。
そこに立つ、帝国兵たち。
そして。
その奥。
ゆっくりと歩く影。
重い足音。
機械の軋む音。
ヴァルター。
全身に装着された生命補助装置。
以前よりも増えている。
だが。
その歩みは、止まらない。
元首たちは、息を呑む。
「資源の供給は、順調か」
低く。
だが、確実に響く声。
「は、はい……問題なく」
一人が、震えながら答える。
「そうか」
それだけ。
だが。
全員が理解する。
“問題があれば、死ぬ”。
ヴァルターは、塔を見上げる。
そして。
静かに言う。
「空は、まだ遠いな」
その言葉。
誰も、意味を理解できない。
だが。
レオハルトだけは違った。
その声を聞いていた。
そして。
静かに、頭を下げる。
「……到達させてみせます」
誰にも聞こえない声で。
誓うように。
「必ず」
塔は、伸び続ける。
空へ。
神へ。
そして。
人の限界を越えるために。
その下で。
世界は、再び歪み始めていた。




