第百三十一話「空の在り方」
アルカ・ドラグナ。
海に面した自由領。
かつては名もなき人々の集まりだった場所。
今は――
“ドラゴンに守られた地”。
空は、澄んでいた。
王国の空とは違う。
どこか、解放されたような広がり。
その空を。
一体の巨大な影が、ゆっくりと横切る。
ドラゴン。
アルカの象徴。
そして。
人の手では制御できない存在。
「……変わったな」
クロノスが、呟く。
船から降り、地に足をつける。
かつて訪れた時とは、明らかに違う。
人の数。
建物。
活気。
そして。
“自信”。
「そりゃあな」
背後から、声。
振り返るまでもない。
「久しぶりだな、クロノス」
ガイアス。
変わらない笑み。
だが。
その奥にあるものは、確実に変わっていた。
「……生きてたか」
「勝手に殺すな」
軽く笑い合う。
だが。
その一瞬で。
互いに理解する。
“もう同じ立場じゃない”。
「……王国の女王様も一緒か」
ガイアスが、視線を向ける。
レグナ。
ゆっくりと歩み寄る。
「久しぶりね、ガイアス」
穏やかな声。
だが。
その立ち姿は、完全に“王”だった。
「……はい」
ガイアスは、少しだけ姿勢を正す。
無意識に。
「……いや」
「敬語はいらないって言われてたな」
苦笑する。
レグナも、わずかに笑う。
「ええ、ここでは特に」
「あなたは、王国の兵士じゃないもの」
その言葉。
肯定でもあり。
境界の確認でもあった。
「……そうだな」
ガイアスは、ゆっくりと頷く。
「ここは、アルカ・ドラグナだ」
その一言に。
強い意志があった。
少しの沈黙。
そして。
クロノスが口を開く。
「……単刀直入に言う」
「同盟、組まないか」
空気が、止まる。
ガイアスは、すぐには答えない。
空を見る。
ドラゴンが、ゆっくりと飛んでいる。
「……王国は、何を求めてる」
低く、問う。
「帝国を止める」
クロノスが即答する。
「連邦とも組む」
「三つで囲む」
ガイアスは、目を細める。
「……戦争する気か?」
「しない」
レグナが答える。
「できない」
「球がある以上、戦争は即死」
現実。
「だから」
「戦争じゃない形で止める」
ガイアスは、ゆっくりと息を吐く。
「……つまり」
「“均衡”か」
「そう」
短く頷く。
再び、沈黙。
ガイアスは、クロノスを見る。
「……お前は、どうなんだ」
「王国のために動いてるのか」
その問い。
試すような目。
クロノスは、少しだけ考えて。
「……違う」
と答えた。
「守りたいもののためだ」
「王国も、その一つってだけだ」
ガイアスは、笑う。
「……変わってねえな」
少しだけ、安心したように。
そして。
レグナを見る。
「……あんたは?」
レグナは、迷わず答える。
「私は王よ」
「守るのは、王国」
「でも」
一瞬だけ。
クロノスを見る。
「守りたい人がいる世界でもある」
その言葉。
ガイアスは、ゆっくりと頷く。
「……いい」
空を見る。
ドラゴン。
自由に飛んでいる。
「条件がある」
ガイアスが言う。
「アルカの空は、絶対に縛らせない」
「神にも、人にも」
その言葉。
強い意志。
クロノスとレグナは、互いに視線を交わす。
そして。
「……約束する」
クロノスが言う。
「ここだけは、自由な空を残す」
レグナも、頷く。
「王として、保証する」
ガイアスは、少しだけ笑った。
「……ならいい」
「乗る」
その一言で。
同盟が、成立した。
だが。
それは同時に。
世界の均衡が、大きく動いた瞬間でもあった。
空を巡る戦いは。
まだ始まっていない。
だが。
確実に。
その準備は、整いつつあった。




