第百三十話「守るための手」
王城・中庭。
穏やかな風が吹いていた。
石畳の上を、小さな足がとことこと進む。
「……おい、そっちは危ないって」
クロノスが、苦笑しながら手を伸ばす。
ヴェルン。
まだ幼い。
歩き始めたばかりの足取り。
だが。
止まらない。
興味のままに、進む。
「……はは」
クロノスが、軽く抱き上げる。
「元気だな」
ヴェルンは、声を上げて笑う。
そのまま、クロノスの頬に触れる。
小さな手。
だが。
確かな温もり。
「……」
クロノスは、一瞬だけ黙る。
そして。
そっと、額を寄せた。
「……大きくなれよ」
小さく、呟く。
その言葉には。
願いが、込められていた。
「随分、父親らしくなったね」
背後から、声。
レグナだった。
穏やかな表情。
だが。
その目の奥には、疲れも見える。
「……そりゃな」
クロノスは、軽く笑う。
「毎日これ見てたら、ね」
ヴェルンを少し持ち上げる。
レグナは、近づいてその頭を撫でる。
「……この子のためにも」
ぽつりと。
「急がないとね」
その一言で。
空気が、変わる。
平和な時間が、少しだけ遠ざかる。
「……連邦か」
「うん」
レグナは頷く。
「すでに打診は送ってる」
「向こうも、帝国の動きは把握してるはず」
クロノスは、少し考える。
「簡単には組まないだろ」
「ええ」
即答。
「だから、“利”で動かす」
王の顔。
「連邦は戦争がない世界で強くなった国」
「でも」
「神とドラゴンには、直接対抗できない」
視線を上げる。
「そこに、王国とアルカ・ドラグナが入る」
「……役割分担か」
「そう」
レグナは、静かに言う。
「王国は“鍵”」
「アルカ・ドラグナは“ドラゴン”」
「連邦は“技術と統制”」
その構図。
確かに、成立している。
「……で、ガイアスか」
クロノスが言う。
「ええ」
レグナは、少しだけ微笑む。
「あなた、行くでしょ」
クロノスは、肩をすくめる。
「行くに決まってる」
「……だよね」
短いやり取り。
だが。
それだけで、通じる。
ヴェルンが、再び空を見上げる。
何も飛んでいない空。
それでも。
じっと見ている。
「……なあ」
クロノスが言う。
「こいつ、やっぱり飛びたがると思うか」
レグナは、少し考える。
そして。
「思う」
はっきりと答える。
「あなたに似てる」
「……そうか」
クロノスは、空を見る。
そして。
ヴェルンを見る。
「……なら」
静かに言う。
「飛べる空、残さないとな」
その言葉。
それが。
すべてだった。
同盟。
戦い。
すべては。
この小さな命のため。
そして。
見えない場所で。
帝国は動き続けている。
リゼル。
塔。
神。
すべてが、繋がり始めている。
静かな空の下で。
世界は、確実に次の段階へ進んでいた。




