第百二十九話「知りたいという罪」
帝国・地下施設。
深く。
静かで。
そして、閉ざされた場所。
石ではない。
金属の壁。
外界とは、完全に隔絶されている。
その一室。
机。
椅子。
そして。
大量の資料。
そこに、一人の女性が座っていた。
リゼル。
腕に拘束はない。
足にも、鎖はない。
だが。
ここから出ることはできない。
(……皮肉ね)
小さく、息を吐く。
(閉じ込められてるのに)
(こんなに“自由”な環境)
机の上には。
星図。
記録。
未知の観測データ。
王国では、見られなかった情報。
それが、無造作に置かれている。
扉が、静かに開く。
数人の男。
帝国の軍服。
その中の一人が、前に出る。
「体調は」
短く問う。
「最悪よ」
リゼルは即答する。
「帰してくれないならね」
男は、表情を変えない。
「それはできない」
淡々と。
「あなたの知識が必要だ」
リゼルは、視線を逸らさない。
「断る」
即答。
迷いはない。
「私は王国の研究者よ」
「帝国に協力する理由はない」
沈黙。
だが。
男は、あっさりと言った。
「報酬を用意している」
「……は?」
一瞬、リゼルの表情が崩れる。
「帝国の資源」
「すべてを使って構わない」
淡々と続ける。
「研究施設」
「人員」
「記録」
「必要なものは、すべて用意する」
リゼルの目が、わずかに揺れる。
「……何を」
低く、問う。
男は、まっすぐ答えた。
「神を呼んだ世界で」
「神に“願いを伝える方法”」
「ドラゴンが移動する理由」
「そして――」
一瞬、間を置く。
「彼らの弱点を解き明かして欲しい」
空気が、重くなる。
リゼルの呼吸が、わずかに浅くなる。
(……そこまで、知りたいの)
男は続ける。
「さらに」
「空飛ぶ遺構へも、案内する」
その言葉。
完全に、核心だった。
「……」
リゼルは、何も言えない。
それは。
研究者として。
“最も知りたい場所”。
原初の遺構。
神と直接繋がる場所。
王国でも、限られた者しか触れられなかった領域。
それを。
“自由に調べられる”。
ありえない条件。
そして。
最高の条件。
「……ふざけないで」
リゼルは、絞り出すように言う。
「そんなもので」
「私が動くと思ってるの?」
男は、即答しない。
ただ。
静かに言った。
「思っている」
その一言。
否定できなかった。
(……最低ね)
自分でも、分かっている。
心が、揺れていることを。
(私は……)
(何のために研究してる?)
王国のためか。
人のためか。
それとも。
(……知りたいから)
その本音が、浮かぶ。
星を見てきた。
神を観測してきた。
ドラゴンの軌道を追ってきた。
だが。
まだ、届いていない。
“真実”に。
「……」
沈黙。
長い沈黙。
男は、急かさない。
ただ、待つ。
選ばせるために。
リゼルは、ゆっくりと目を閉じる。
(私は――)
王国の人間だ。
クロノスがいる。
レグナ女王がいる。
そして。
あの子が、生まれた。
守るべき世界がある。
だが。
それでも。
消えない感情。
(……知りたい)
その欲求は。
どんな理屈よりも強かった。
リゼルは、目を開ける。
男を見る。
「……条件がある」
小さく言う。
その瞬間。
何かが、変わった。
完全な拒絶ではない。
完全な受諾でもない。
だが。
確実に、一歩踏み込んだ。
男は、静かに頷く。
「聞こう」
リゼルは、ゆっくりと言った。
「……私は」
「“研究者”として協力する」
「帝国のためじゃない」
「答えを知るために」
その言葉。
それが。
彼女の選択だった。
そして同時に。
最も危険な一歩だった。




