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第百二十八話「帝国は待っている」

 王城・執務室。


 重たい沈黙が、部屋を支配していた。


「……間違いないの?」


 レグナが口を開く。


 声は落ち着いている。


 だが。


 その奥には、鋭さがあった。


「はい」


 報告官が答える。


「痕跡は極めて少ないですが」


「魔力の残滓、移動の痕跡の消し方」


「帝国の関与と見て、ほぼ確定です」


 静寂。


 クロノスの拳が、わずかに強く握られる。


「……行かせてくれ」


 低く、押し殺した声。


「今なら、まだ追える」


 その言葉に、迷いはない。


 だが。


「――ダメ」


 レグナは、即座に言った。


 一切の間を置かず。


「……なんでだ」


 クロノスが睨む。


 だが。


 レグナは目を逸らさない。


「わかるでしょ」


 静かに言う。


「ここで王国が動いたら」


「それは戦争になる」


 一歩、言葉を重ねる。


「そして」


「戦争になったら――」


 少しだけ、声が低くなる。


「“球”が動く」


 空に浮かぶ、あの存在。


 空を支配する、神の意志。


「……」


 クロノスの表情が、固まる。


「帝国は、それを待ってる」


 はっきりと。


「戦争を起こさせて」


「球に、王国を潰させる」


 一瞬の沈黙。


 そして。


「……そういうことか」


 クロノスが、低く呟く。


「そう」


 レグナは頷く。


「だから、手は出さない」


「出した瞬間に、負ける」


 冷静な判断。


 だが。


 その裏にあるものは、重い。


「……リゼルはどうなる」


 クロノスの声が、わずかに揺れる。


「わからない 確かに彼女は神にも星にも、ドラゴンにも詳しい」


「失ったのは王国として、かなりの痛手だわ…」


 レグナは、正直に答える。


「でも」


「今ここで王国が動けば」


「もっと多くを失う」


 その言葉は、現実だった。


 クロノスは、視線を落とす。


 理解はしている。


 だが。


 感情が、追いつかない。


「……くそ」


 小さく吐き出す。


 レグナは、それを見ていた。


 ほんの一瞬だけ。


 表情が揺れる。


 だが。


 すぐに戻る。


「だから」


 続ける。


「別の形で動く」


 空気が変わる。


「連邦と接触する」


「アルカ・ドラグナとも正式に同盟を結ぶ」


 クロノスが顔を上げる。


「……囲むのか」


「そう」


 レグナは頷く。


「帝国は、一国じゃ止められない」


「だったら」


「全体で止めるしかない」


 その目には、迷いがない。


「連邦は、戦争がない世界で力を伸ばしてる」


「アルカ・ドラグナには、ドラゴンがいる」


「そして王国は」


 一瞬、言葉を区切る。


 クロノスを見る。


「“降臨者”がいる」


「……俺か」


「そう」


 短く、肯定する。


「だからこそ」


「一人で動こうとしないで」


 その言葉は。


 命令ではなかった。


 願いに近い。


 クロノスは、しばらく黙る。


 拳を、ゆっくりと緩める。


「……わかった」


 短く答える。


 完全に納得したわけじゃない。


 だが。


 受け入れる。


 それが、今の自分の立場だと知っているから。


 レグナは、窓の外を見る。


 穏やかな空。


 何も飛んでいない。


 だが。


 その下で。


 世界は、確実に動いている。


「……準備する」


 静かに言う。


「これは戦争じゃない」


「でも」


「戦争より厄介な戦いになる」


 誰も、否定しなかった。


 同盟。


 それは希望であり。


 同時に、新たな火種でもある。


 そして。


 帝国は、すでに次の一手を打っている。


 誰にも気づかれず。


 静かに。


 だが確実に。


 “待っている”。


 王国が、動くその瞬間を。

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