第百二十六話「生まれた光」
王城・奥。
普段は静かなその区画に――
その日だけは、緊張が満ちていた。
夜。
灯りは落とされている。
だが。
ひとつの部屋だけが、明るかった。
そして。
「――っ……!」
レグナの声が、漏れる。
息が詰まるような、苦しい呼吸。
額には汗。
指先は、強くシーツを掴んでいた。
「陛下、呼吸を……ゆっくり……!」
医師の声。
「大丈夫です、順調です……!」
だが。
“順調”という言葉とは裏腹に。
その場の空気は、張り詰めていた。
レグナは、歯を食いしばる。
「……っ……」
王である彼女が。
今はただ、一人の人間として。
痛みに耐えていた。
扉の外。
クロノスが、立っている。
何もできずに。
ただ。
立っている。
拳を、強く握りしめながら。
(……何もできないのか)
戦場では。
誰よりも前に立っていた。
剣を握り、守ってきた。
だが。
今は。
何もできない。
「……くそ」
小さく、吐き捨てる。
中から、声が聞こえる。
苦しそうな声。
レグナの声。
(……守るって、なんだ)
その問いが、胸を締め付ける。
やがて。
時間の感覚が、曖昧になった頃。
「――もう少しです!」
医師の声が、強くなる。
「陛下、あと一息……!」
レグナは、目を閉じる。
息を吸う。
そして。
全てを込める。
「――――っ!!」
声が、響く。
その瞬間。
静寂。
一瞬だけ。
世界が止まったような、感覚。
そして――
小さな泣き声が、響いた。
「……!」
クロノスの目が、見開かれる。
確かに聞こえた。
命の音。
扉が、開く。
「……おめでとうございます」
医師が、静かに言う。
「男の子です」
クロノスは、一歩踏み出す。
部屋の中へ。
そこにあったのは――
疲れた表情のレグナ。
そして。
その腕の中にいる、小さな命。
まだ、目も開いていない。
小さな手。
小さな呼吸。
だが。
確かに、“生きている”。
クロノスは、言葉を失う。
ただ。
見つめる。
「……クロノス」
レグナが、弱く笑う。
「無事に、生まれた」
その言葉に。
クロノスは、ゆっくりと頷く。
「……ああ 本当に… ありがとう…」
それしか、言えなかった。
手を伸ばす。
恐る恐る。
その小さな存在に、触れる。
指を。
握られる。
ぎゅっと。
「……」
言葉が、出ない。
胸の奥が、熱くなる。
(……これが)
(守るもの、か)
はっきりと、理解した。
レグナが、静かに言う。
「この子に」
「どんな世界を残す?」
その問い。
王としての問い。
母としての問い。
クロノスは、迷わない。
「……戦わせない」
静かに。
「空を失ってもいい」
「でも」
「この子が、泣かなくていい世界にする」
レグナは、目を細める。
「……そうね」
その答えに。
わずかに、安心したように。
息を吐いた。
外では。
朝が、近づいていた。
王都は、静かだ。
戦争はない。
空も、穏やかだ。
だが。
遠くで。
塔は、建てられている。
見えない場所で。
世界は、動き続けている。
それでも。
この瞬間だけは。
確かに、平和だった。
新しい命が。
この世界に、生まれたのだから。




