第百二十四話「白の内側」
王国・地下。
湿った石の匂いが、空気に残る。
灯りは最小限。
顔がはっきり見えないほどの暗さ。
そこに、数人の影が立っていた。
「任務を伝える」
低く、抑えた声。
「白焔教団への潜入」
短い一文。
だが、その意味は重い。
「目的は三つ」
「内部構造の把握」
「塔建設の進行状況の確認」
「そして――」
一拍。
「教団の中心人物の思想を探ること」
誰も口を開かない。
ただ、静かに聞いている。
「接触は最小限」
「連絡は定時のみ」
「単独行動を基本とする」
そして。
「発覚した場合――」
わずかな間。
「……帰還は保証されない」
その言葉に。
誰一人として、動揺を見せなかった。
影の一人が、一歩前に出る。
「……了解」
名前は呼ばれない。
必要ないからだ。
彼らは。
“誰でもない者”として動く。
それが、王国の諜報部。
場面は変わる。
教国。
白焔教団・集会場。
白い石で造られた広間。
装飾は少ない。
だが。
不思議と、目を引く空間。
そこに、一人の男が立っている。
新参者として。
何食わぬ顔で。
(……ここが、教団)
視線を動かす。
周囲には、同じような者たち。
誰も騒がない。
誰も無駄に動かない。
ただ、静かに“待っている”。
(妙だな)
(普通の集団じゃない)
空気が違う。
張り詰めているわけでもない。
だが。
“逸脱を許さない”静けさがある。
やがて。
奥の扉が、ゆっくりと開く。
その瞬間。
誰に言われるでもなく。
全員が、自然と頭を垂れた。
(……強制じゃない)
(なのに、逆らえない)
足音。
静かに、近づいてくる。
現れたのは――
白い衣の男。
飾り気はない。
だが。
その存在だけで。
空間の“中心”が決まる。
「……ようこそ」
穏やかな声。
「迷いの中にいる者たちよ」
その言葉に。
誰も違和感を持たない。
まるで。
最初から、そう呼ばれることが分かっていたかのように。
「この世界は、変わった」
一歩、歩く。
「空は閉ざされ」
「神は、沈黙している」
静かに。
だが、確実に届く声。
「だが、それは終わりではない」
「“選び直す時”だ」
視線が、ゆっくりと場をなぞる。
「誰が、この世界を導くべきか」
「誰が、空に触れる資格を持つのか」
聞いているだけのはずなのに。
思考が、引き込まれる。
(……危険だ)
内心で、そう判断する。
(これは思想じゃない)
(“納得させる構造”だ)
その時。
視線が、一瞬こちらを捉える。
ほんの一瞬。
だが。
確かに、目が合った。
――見抜かれた。
そう感じる。
だが。
男は何も言わない。
ただ。
微かに、笑った。
それだけ。
(……気づいてるのか)
(それとも――)
(どうでもいいのか)
どちらでもいい。
どちらにしても。
危険すぎる。
ここは。
“敵地”ではない。
“飲み込まれる場所”だ。
(任務を遂行する)
(情報を持ち帰る)
そう決めているはずなのに。
頭の片隅に。
別の感情が生まれていた。
(……この男は)
(本当に間違っているのか?)
その疑問こそが。
最大の異常だった。




