第百二十三話「守るべきもの」
王国・王城。
執務室の空気は、張り詰めていた。
「……教団の動きは、想定以上だね」
レグナが、報告書から目を上げる。
「帝国、教国、海洋諸国連合」
「全部が、同じ方向を向き始めてる」
言葉は砕けている。
だが、その内容は重い。
「塔の建設も進んでいます」
諜報担当の兵が続ける。
「数年以内には完成する見込みです」
「……そう」
レグナは、ゆっくりと椅子に寄りかかる。
「大会までの時間は?」
「最短で六年、長くて八年ほどかと」
短い沈黙。
「時間はある」
レグナが、静かに言う。
「でも、“余裕”はない」
クロノスが、小さく頷く。
「……どう動きますか」
その問いに。
レグナは、迷わなかった。
「諜報部を強化する」
はっきりと。
「表で止められないなら」
「裏で全部、把握するしかない」
「潜り込ませますか…」
「ええ」
「教団、帝国、連合」
「全部に目を入れる」
そして。
少しだけ、視線を落とす。
「……必要なら」
「“外”の力も使う」
クロノスが、わずかに反応する。
「……カインとかも?」
レグナは、軽く笑う。
「ええ」
「信用はできないけど」
「能力は本物だからね」
「引き抜けるなら、引き抜く」
その判断は、王としてのものだった。
その時。
コンコン、と扉が叩かれる。
「入っていいわ」
レグナが言うと。
顔を出したのは――
ユークスだった。
「……あれ、なんか空気重いですね…」
「まあな」
クロノスが肩をすくめる。
「で、どうした?」
ユークスは、一瞬だけ黙る。
そして。
「……あー」
「ちょっと、個人的な話なんだけどよ」
珍しく、言葉を選んでいる。
クロノスが、少し眉を上げる。
「……なんだよ」
ユークスは、視線を逸らしながら言った。
「……子供ができた」
沈黙。
「……え?」
クロノスが、間の抜けた声を出す。
「……マジで?」
「ああ」
「医者にも見せた」
「間違いねえ」
少しだけ、照れくさそうに笑う。
「……そっか」
クロノスは、小さく笑う。
「おめでとう」
「……ありがとよ」
レグナも、優しく頷く。
「良かったわね」
「こういう時だからこそ、なおさら」
世界は揺れている。
だが。
命は、ちゃんと繋がっている。
ユークスは、頭をかきながら言う。
「正直、まだ実感ねえけどな」
「でもまあ……」
「守るもんが、増えた」
その言葉に。
クロノスは、静かに空を思い出す。
飛べなくなった空。
だが。
その下で、守るものは増えていく。
「……いいじゃん」
クロノスが、ため口で言う。
「お前、父親になるんだろ」
「……やめろ、照れるだろ」
ユークスが苦笑する。
レグナは、その様子を見ていた。
静かに。
だが。
どこか、優しい目で。
その後。
クロノスは、一人で城の外を歩いていた。
空を見上げる。
何も飛ばない空。
それでも。
人は生きている。
「……守るもの、か」
小さく、呟く。
ユークスの言葉。
新しい命。
そして――
「……レグナ」
その名を、自然に口にしていた。
遠くで。
塔が、建てられている。
見えない場所で。
世界は確実に動いている。
だが。
それでも。
守るべき日常がある。
「……だから」
クロノスは、ゆっくりと歩き出す。
「負けるわけにはいかない」
その決意は、静かだった。
だが。
確かだった。




