第百二十二話「広がる焔」
教国から始まった動きは――
静かに、しかし確実に。
国境を越え始めていた。
帝国。
かつて空を支配しようとした大国。
その首都の一角。
石造りの広場に、人が集まっていた。
「……帝国で、宗教か」
通りすがりの兵士が、呟く。
「いや、宗教じゃないらしいぞ」
「“選ぶ場”だとよ」
壇の上には、白い衣の者たち。
その中心に立つのは――
アルヴェリオ。
「神は、沈黙している」
その声は、大きくない。
だが。
広場全体に、染み渡る。
「だからこそ」
「人は、自らを証明する必要がある」
ざわめきはない。
帝国の民は、静かに聞いていた。
その様子を。
少し離れた場所から、見ている者がいる。
カルディス。
(順調だ)
その視線の先。
帝国兵。
貴族。
商人。
立場の違う者たちが、同じ言葉に耳を傾けている。
(思想は、国境を越える)
そして。
(だからこそ、利用できる)
場面は変わる。
海。
かつて艦隊を誇った、海洋諸国連合。
その中心の島。
簡素な集会所。
そこにもまた、人が集まっていた。
「……信じられるのか?」
誰かが、呟く。
「神の代行者を決める、だと?」
別の者が答える。
「少なくとも」
「何もないよりは、いい」
その言葉に、誰も反論しない。
海は、奪われなかった。
だが、空は消えた。
世界は変わった。
その中で。
“何を信じるか”は、個人に委ねられている。
「……我々も、賛同を表明する」
代表の一人が、静かに言った。
その決定の裏に。
帝国の影があることは明白。
そして。
その情報は。
瞬く間に、世界へと広がった。
教国。
帝国。
海洋諸国連合。
三つの勢力が――
同じ思想に、賛同した。
それは。
前例のないことだった。
敵であった国同士が。
同じ方向を向く。
その中心にあるのが――
白焔教団。
やがて。
正式な発表がなされる。
各地の掲示。
使者。
そして、口伝。
「白焔教団は――」
「数年後、“神の代行者を決める大会”を開催する」
「すべての国より」
「力・精神・信仰に優れた者を集め」
「最も“正しき者”を選定する」
世界は、ざわめいた。
それは、戦争ではない。
だが。
“選別”だ。
そして。
その舞台として。
「神へと至る塔の建設を開始する」
という一文が、添えられていた。
教国は、資金を提供する。
帝国は、技術を提供する。
海洋諸国連合は、人員を提供する。
それぞれが、それぞれの理由で。
だが。
すべてが、一つの方向に向かっていた。
空へ。
そして。
王国。
王城・執務室。
レグナは、その報告書を静かに読み終えた。
沈黙。
「……最悪なことになったわ」
小さく、呟く。
クロノスとユークスが、向かいに立っている。
「教国だけなら、まだよかった」
「けれど」
「帝国と、海洋諸国連合まで加わった」
机に、書類を置く。
「これはもう、“思想”ではない」
「“流れ”よ」
クロノスが、静かに口を開く。
「……止めますか」
その問いに。
レグナは、すぐには答えなかった。
窓の外を見る。
穏やかな空。
だが。
その下で。
世界は、確実に動いている。
「……いいえ」
やがて、答える。
「これは、止められない」
はっきりと。
「これを力で止めれば」
「王国が“敵”になり」
ユークスが、舌打ちする。
「じゃあどうすれば…」
レグナは、ゆっくりとクロノスを見る。
「……関わるしかない」
その言葉は、重かった。
「内側から、見極める」
クロノスは、頷く。
「……分かりました」
短く。
だが、確かな覚悟を込めて。
こうして。
世界は、一つの舞台へと収束していく。
戦争ではない。
だが。
それ以上に危うい、“選別”の時代へ。




