第百十八話「発表」
その日、王都は異様な熱気に包まれていた。
朝から鐘が鳴り響き、城門は開かれ、広場には人が溢れている。
屋台が並び、酒が振る舞われ、子どもたちが走り回る。
戦争が終わって以来――いや、それ以上の高揚だった。
「今日、発表されるらしいぞ!」
「本当か!? まさか……!」
誰もが、その瞬間を待っていた。
やがて。
王城のバルコニーに、一人の姿が現れる。
レグナ。
ざわめきが、一瞬で静まる。
その隣に――
もう一人。
クロノス。
一拍遅れて、歓声が爆発した。
「英雄だ!!」
「クロノス様だ!!」
「まさか、本当に――!」
歓声は波のように広がり、広場全体を揺らす。
クロノスは、その光景を見ていた。
戸惑いが、あった。
戦場では何度も死線を浴びてきた。
だが、これは違う。
“期待”と“祝福”の視線。
その中で、自分が立っている。
ほんのわずか、拳が握られる。
だが。
隣にいる存在が、それを止めた。
レグナが、一歩前に出る。
静寂。
「本日、皆に伝えることがある」
よく通る声。
だが、その奥には確かな意志があった。
「私は――」
一瞬だけ、空を見る。
「この者を、伴侶として迎える」
一拍の静寂。
そして。
爆発。
「うおおおおおお!!」
「やっぱりか!!」
「おめでとうございます!!」
歓声が、王都を包み込む。
「英雄と女王だ!!」
「これ以上ない組み合わせだろ!」
涙を流す者。
笑う者。
酒を掲げる者。
だが、その中に。
「……でも、いいのか?」
小さな声。
「相手は、元はただの兵士だろ」
「いや、あの人なら――」
「いや、それでも王だぞ?」
祝福の中に、ほんのわずかな揺らぎ。
王城の奥。
数人の貴族たちが、顔をしかめていた。
「……正気か」
「平民を、王の伴侶に?」
「前例がないどころの話ではない」
「国の格が落ちるぞ」
不満が、静かに広がる。
だが――
「では、誰なら良かった?」
一人が、低く言った。
「戦場に出ず、何も背負わなかった者か?」
沈黙。
遠く。
教国の礼拝堂。
祈りを捧げる者たちの中で、一人が呟く。
「……神に選ばれた者が、人と結ばれるのか」
誰も答えない。
ただ、祈りだけが続く。
さらに遠く。
帝国の一室。
一人の男が、報告書を見ていた。
「……女王は、選んだか」
それだけを呟く。
再び、王城。
クロノスは、まだ慣れない視線の中にいた。
近衛兵たちが、レグナとクロノスを見守っている。
民衆が、頭を下げる。
それはもう、“ただの兵士”ではない扱いだった。
「……落ち着かないな」
小さく呟く。
「でしょうね」
隣で、レグナが答える。
「でも」
少しだけ、視線を向ける。
「これが、あなたの立つ場所よ」
クロノスは、わずかに息を吐いた。
「……はい」
レグナが、再び前に出る。
歓声が、静まっていく。
「私は王として、この選択をした」
はっきりと。
「彼が英雄だから選んだのではない」
一歩、クロノスの隣に立つ。
「共に、この国を背負う者として選んだ」
その言葉は、重かった。
だが、揺るがない。
広場の空気が、変わる。
祝福が、“納得”に変わる。
その様子を。
群衆の中から、静かに見ている者がいた。
フードを被った男。
口元だけが、わずかに緩む。
「……ようやく、ですか」
カイン。
「長かったですね」
誰にも聞こえない声で呟く。
そして、くるりと背を向けた。
「では」
歩き出す。
「次の準備に入りましょうか」
王都の空には、鳥が飛んでいる。
低く。
慎重に。
それでも。
確かに、前へと進んでいた。




