第百七話「選別」
空は、止まっていた。
風も、
音も、
流れも。
すべてが、
凍りついたように。
ガイアスは、
動かない。
動けないのではない。
動かない。
ただ、
そこに立っていた。
見えない“視線”。
それが、
全身を貫いている。
逃げれば、
終わる。
そう理解していた。
だから、
逸らさない。
瞬きひとつ、
しない。
ただ、
見返す。
見えない存在を。
その時だった。
再び、
“意味”が流れ込む。
――。
重い。
言葉ではない。
だが、
圧倒的な意志。
問いではない。
確認でもない。
“測定”。
ガイアスの存在そのものが、
計られている。
過去。
戦い。
選択。
すべてが、
一瞬で暴かれるような感覚。
「……はは」
思わず、
笑みが漏れた。
「全部見んのかよ」
隠す意味はない。
誇るつもりもない。
ただ、
そのままを差し出す。
それが、
答えだった。
――。
反応はない。
だが。
“拒絶されていない”。
それだけは、
分かる。
その瞬間。
別の場所で、
何かが砕けた。
視線を向ける。
ヴァルター。
柱に、
叩きつけられていた。
血が、
流れている。
右腕のない身体。
残された左腕で、
無理やり身体を支えている。
「……ッ……!」
呼吸が荒い。
だが、
目は死んでいない。
むしろ、
燃えていた。
「……まだだ」
立ち上がる。
ふらつく。
それでも、
立つ。
「……俺は……まだ……!」
前へ出る。
一歩。
その瞬間。
“圧”が、
落ちる。
今度は、
明確な拒絶。
ヴァルターの身体が、
沈む。
膝が砕けるように折れる。
地に伏す。
「……ぐっ……!」
血が、
地面に落ちる。
それでも、
顔を上げる。
空を、
睨む。
「……俺は……!」
言いかけた、
その瞬間。
“切断”。
何かが、
完全に遮断された。
ヴァルターの意識から、
“接続”が消える。
それ以上、
届かない。
見られない。
触れられない。
完全な、
拒絶。
「……っ……」
息を吐く。
それでも、
笑った。
血を吐きながら。
「……いい」
低く、
呟く。
「……それでいい」
敗北ではない。
まだ、
終わっていない。
その目だけは、
諦めていなかった。
ガイアスは、
それを見ていた。
静かに。
「……あんたも、しつこいな」
小さく言う。
そして、
再び空を見る。
“視線”は、
まだある。
消えていない。
むしろ、
近い。
さらに深く。
奥へ。
ガイアスは、
息を整える。
「……で?」
問いかける。
「どうすりゃいい」
飾らない。
偽らない。
ただ、
そのまま。
その時。
初めて。
“応答”が変わった。
――。
明確な、
方向性。
言葉ではない。
だが、
理解できる。
“進め”。
それだけだった。
ガイアスは、
一歩踏み出す。
圧は、
消えない。
だが、
拒まれない。
通されている。
「……そうかよ」
口元が、
わずかに歪む。
「じゃあ、行くぞ」
跳ぶ。
柱を蹴る。
さらに上へ。
空気が、
震える。
世界が、
歪む。
それでも、
進む。
その先。
ついに。
“形”が、
現れ始めた。
輪郭。
巨大な、
存在。
だが、
まだ見えない。
認識しきれない。
それでも、
確実に。
そこに、
“いる”。
ガイアスは、
止まらない。
その目に、
迷いはなかった。
ただ、
届くために。
その存在へと、
進み続けていた。




