↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
102/167

第百二話「歪まなかった記録」

 海の上。


 風は穏やかだった。


 波も静かで、


 船はゆっくりと進んでいく。


 帆が鳴る音と、


 水を切る音だけが、


 世界を満たしていた。


 ガイアスは、


 舵を握っていた。


 その隣で、


 イリスが地図を広げている。


「この辺りのはず」


 指で示す。


「古い島」


「今はほとんど人が住んでないけど……」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「昔の記録が残ってる場所」


「へえ」


 ガイアスは、軽く返す。


「珍しいのか?」


「……うん」


 イリスは、少しだけ頷く。


「普通は、残らない」


「戦争で焼かれるか」


「都合のいいように書き換えられるか」


 視線を落とす。


「特に……空のことは」


 少しだけ間を置く。


「……これは、元首から聞いたの」


 ガイアスが、ちらりと見る。


「元首が?」


「うん」


「“あの島には、歪んでいない記録がある”って」


 静かに言う。


「空に興味がなかった国だから」


「誰も書き換えなかったって」


 ガイアスは、


 少しだけ笑う。


「皮肉だな」


「……うん」


 イリスも、


 小さく頷く。


 やがて。


「……見えた」


 小さく、呟く。


 水平線の先。


 ぽつんと、


 島が浮かんでいた。


 岩がむき出しの、


 荒れた島。


 だが、


 その奥に。


 小さな港が見える。


 船を寄せる。


 軋む音。


 静かに接岸する。


 人の気配は、


 ほとんどない。


 だが。


「……誰かいるな」


 ガイアスが言う。


 港の端。


 網を直している、


 一人の老人。


 白い髭。


 日焼けした肌。


 ゆっくりと、


 こちらを見る。


「……旅人か」


 低い声だった。


「まあ、そんなとこだ」


 ガイアスが答える。


 老人は、


 しばらく二人を見ていた。


 値踏みするように。


 そして。


「珍しいな」


「こんな島に来る奴は」


 そう言って、


 網を置いた。


 イリスが、一歩前に出る。


「ここに……古い記録があると聞いて」


 慎重に言う。


 老人の目が、


 わずかに細くなる。


「……誰からだ」


 一瞬の間。


 イリスは、


 まっすぐに答える。


「元首です」


 空気が変わる。


 老人の視線が、


 わずかに深くなる。


「……そうか」


 小さく呟く。


「なら、話は早い」


 ゆっくりと立ち上がる。


「あるにはある」


 イリスの目が、


 わずかに揺れる。


「本当ですか」


「ただし」


 老人が続ける。


「読んで、どうする」


 その問いに、


 イリスは言葉を詰まらせる。


 代わりに。


 ガイアスが答えた。


「ドラゴンを探してる」


 迷いなく。


 まっすぐに。


 その言葉に。


 老人の手が、止まる。


 風が吹く。


 しばらくの沈黙。


 そして。


「……なるほどな」


 小さく、呟く。


「空の連中かと思ったが」


「違うようだ」


 イリスが、反応する。


「空の連中……?」


 老人は、肩をすくめる。


「昔から来るんだよ」


「空に憧れた連中が」


「ドラゴンを“使おう”としてな」


 吐き捨てるように言う。


「……全員、死んだがな」


 静かな言葉だった。


 だが、


 重かった。


 ガイアスは、


 少しだけ笑う。


「だろうな」


 その反応に、


 老人がちらりと見る。


「お前は違うのか」


「使う気はねえよ」


 即答だった。


「会いに行くだけだ」


 その言葉に。


 老人の目が、


 わずかに変わる。


「……ほう」


 興味を持ったように。


「いい答えだ」


 ゆっくりと立ち上がる。


「ついてこい」


 二人は、


 顔を見合わせる。


 そして、


 後を追う。


 島の奥。


 岩を削ったような小屋。


 その中に、


 古びた箱があった。


 老人が、


 ゆっくりと開ける。


 中には、


 巻物や板が収められていた。


「……ここはな」


 老人が言う。


「海の連中が、昔まとめた記録だ」


「空に興味がなかった連中がな」


 一枚、取り出す。


「だから、残った」


 そう言って、


 イリスに渡す。


 イリスは、


 慎重にそれを開く。


 古い文字。


 だが、


 読める。


 そして。


 そこに書かれていた一文を、


 声に出す。


「……“竜は力に従わず、意志に応じる”」


 空気が、


 変わる。


 ガイアスの目が、


 わずかに細くなる。


 さらに、読む。


「……“空を奪われてもなお、空を望む者”」


 イリスの声が、


 少しだけ震える。


 老人が、


 静かに言う。


「それが、条件だ」


「昔、ここに来た奴の中で惜しいところまでいった奴がいた」


「一人だけだがな」


 一拍。


「竜に近づいた男だ」


 ガイアスが、


 わずかに前に出る。


「……どうなった」


 老人は、


 ゆっくりと首を振る。


「だが、竜に名を呼ばれなかった」


 その言葉は、


 静かだった。


「だから、消えた」


 それだけだった。


 だが。


 十分だった。


 イリスが、


 息を呑む。


 ガイアスは、


 何も言わない。


 ただ、


 その言葉を受け止める。


 そして。


 静かに、


 呟いた。


「……上等だ」


 その目に、


 恐怖はなかった。


 あったのは、


 ただ一つ。


 揺るがない、意志だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。