第百六十八章 その頃の彼ら 5.開発室~幼体契約クエスト裏話~(その2)
結果、プレイヤーは町の再建に粉骨砕身取り組む事となり、郊外に出かける暇など無くなった。畢竟、郊外で幼体クエストに出会うイベント自体が生起せず、折角用意された幼体は髀肉の嘆を託つ事になった。
最早「幼体クエスト」は何かに祟られているのではないか……そう思いたくなるような不発ぶりである。
ただまぁ、そんな低迷連鎖にも終わりというものはあったようで、「ワイルドフラワー」の少女たちが総浚えしていったのだ。
契約者が「ワイルドフラワー」の面々というのが少し気になるが、停滞を続けていた幼体クエストに進展が見られたのは喜ばしい。木檜も両手を挙げて祝辞を述べるに吝かではない。
木檜が問い詰めたいのはただ一点。
「そのうちの一体、トラップスパイダーの幼体に生産スキル、それも魔道具作成のスキルを付けたのは――どういう訳だ?」
不機嫌そうな木檜の追及を受けて、開発部主任の人首――元・木檜の部下――は、一つ溜め息を吐いて答えを返す。生産スキルを持たない前線組への救済措置の一環なのだと。
「先陣争いに血道を上げる一部の攻略者パーティーが、武器や防具の入手のために生産者を囲い込もうとする風潮が問題になった事は、木檜さんもご存知でしょう」
「まぁ……SROではないが有名な話だからな」
「その結果、生産者との対立が先鋭化するのを嫌った攻略者たちが、打開策としてパーティではなくクランを作って、自前で生産職を囲い込むようになった訳ですが……これが可能なのは、ある程度以上の大規模パーティーかクランに限られる訳です。中小規模のパーティはそれができず、度々後方へ戻って生産物を入手するか、もしくは大規模クランに合流するしか無くなっている。ウチとしてはそんなつもりは無くても、結果的に大規模クランを優遇……と言うか、中小規模のパーティに不利な形になっている。これはゲームの自由度を下げる事になって面白くない」
「……それで、〝生産スキルを持った使役獣〟か」
「模索中の打開策の一つですね」
成る程、使役獣に生産スキルを持たせる意味については理解できた。
しかし、そこになぜ幼体クエストを絡める必要がある?
「最初から使えるレベルの生産スキルを持ったモンスターと契約……というのは、設定の上で整合性を付けにくいんじゃないか。そういう声が上がったんですよ」
「解らないでもないが……」
「問題は幼体クエストの設定と同じでしてね。実用レベルの生産スキルを持ったモンスターというのは、ステータスもレベルもそれなりに高い筈。契約コストも必然的に大きくなる」
「成る程」
「次に、例えば鍛冶スキルを例に取ると、剣・防具・器のそれぞれで必要なスキルは異なる訳ですから、鍛冶職もそれぞれ専業化する事になる。結果……」
「……前線で武器を欲するパーティがいても、要望どおりのスキルを持つモンスターと出会えるかは時の運……どころか、確率が低くなる。それくらいなら、最初から未熟なモンスターと契約して、望みのものを作らせるように育てた方が早い……確かに一理ある話だな」
「他にもあります。一人前の職人になれば、素材は購入して得る事が多くなり、自力で採集に行く機会は減るのではないか……そういった意見が出ましてね」
「……これも一理あるな」
「だとすると、攻略者がいるような前線付近に出没するのは、生産職でも半人前か駈け出し……という事になります。仮にモンスターの場合も事情が同じだとすると……」
「……プレイヤーが出会う機会のある生産系モンスターも、スキルレベルの低い幼体になる……か」
言われてみれば確かに、幼体クエストと同じ方向に収斂するようだ。
「そこまでは理解できた。俺が訊きたいのは、何でトラップスパイダーが【魔道具作成】なんてスキルを持っているのか、そして何故この段階で登板する事になったのか、その二つだ」
唯でさえ要警戒人物と繋がりがある上に、サンチェスというNPC型の「トリックスター」を抱え込んでいるのが「ワイルドフラワー」なのだ。その「ワイルドフラワー」に、【魔道具作成】のスキルを持ったトラップスパイダー(幼体)なんてものが配属されるなど、不可測性を高めるだけではないか。
運営管理室のチーフとして容認し難い――と、鼻息を強める木檜に、人首は再び溜め息を吐いて回答する。
「まず、トラップスパイダーがこの段階で登場した事については、開発部は関与していません。開発の仕事はモンスターの設計までです。それがどこに配置されるのか、何時登用されるのかは、開発部の職掌ではありません。ただ……飽くまでランダムに任せた結果であって、管理AIなどの思惑は入っていないと思います」
「根拠は?」
「『ワイルドフラワー』には、確か【魔道具作成】のスキルを持ったメンバーもいた筈です。そこに新たに同じスキルを持ったモンスターを送り込む理由がありません。有難味が薄れるし、貴重なスキル持ちモンスターの無駄遣いでしかないです」
「うむ……」
人首の回答を暫く吟味していた木檜であったが、やがて納得がいったものとみえて、頷く事で話の続きを促した。




