第百六十八章 その頃の彼ら 4.開発室~幼体契約クエスト裏話~(その1)
「ワイルドフラワー」が契約した幼獣三体、最後の一体はトラップスパイダーのアラシである。木檜の捨て台詞から推察するに、これもまた何か特殊な能力を隠し持っていそうであるが、それを知るために恰好の遣り取りが為されているので覗いてみよう。場所はCANTEC社の開発部である。
「……木檜さんには〝釈迦に説法〟でしょうけど、抑モンスターの幼体を使役契約の対象として用意するというのは、契約の難度を下げる意味があったんです。新人がいきなり強力なモンスターと契約するのは難しいですからね」
木檜が黙って頷きを返したのを見て、相手の男――元・木檜の部下にして、現・開発部の責任者である人首という男――は、意を強くしたかのように言葉を続ける。
「その一方で、幼体と契約する事のメリットを、新人に対して明示する必要がありました。幼体に成体と同等の能力を持たせるというのは論外ですから、同じスキルを持つにしても低レベルで持たせ、それを使えるレベルにまで育成するというのが肝になります。これに関してはモフモ……戀水からの了承も得ています」
「つまり対象の幼獣に、〝育てると有用になるスキル〟を未解放状態でプレインストールしておく――という事だな?」
「そういう事です。ちなみに、幼体が保有スキルの事を自覚していない場合はアンロックに至らない……という設定で」
「……成る程。納得のいく設定は大事だからな」
「えぇ、大事なんです」
嘗て企画会議で、〝モフモフを不幸にする展開は断じて認められない〟――と、重役連を前にして言い放った「モフモフの女帝」の顔を念頭に浮かべ、男二人は頷き合う事で互いの共感を確認した。
――それはそれとして本題である。
契約の難度を下げるために、幼体という形でプレイヤーに提供される使役獣。そして幼体であるが故に、その能力は十全に育ちきっていない。なので、使役主が教導してスキルを伸ばしてやる必要があるが、それには手間暇コストがかかる。
「謂うなれば、契約のコストと育成のコストがトレードオフしている訳です」
「そこまでのコストを考えて、それでも契約するかどうかを問うクエスト……だった訳だな? 本来は」
コンセプト自体は悪くないので、開発会議で承認されたの・だ・が……
「初期に確保された幼体は……何と言うか……こちらの想定から外れていまして」
「最初のケースはデスヘッドの幼虫だったな」
「あれは完全に想定外で……抑契約獣として想定すらしていませんでしたから」
ひょんな事からシュウイが召喚主となったデスヘッドの幼虫・マハラ。あれも確かに〝モンスターの幼体〟には違い無いし、一応は使役対象に含まれてはいるのだが、幼体クエストのケースとしては考慮されていなかった。どちらかと言えばアクシデントに近いもので、スムーズに使役契約が結ばれたのは管理AIのファインプレーと言ってよい。
ただ、奇しくも〝幼体を使えるレベルにまで育てる〟という幼体クエストの方針に沿った展開になったので、開発部も管理室も注視してはいたのだが……
「狙撃手なんておかしな方向に育ったからなぁ……」
「画期的ではあるんですが……」
あまりに画期的過ぎて、マハラ自身が――幼体の分際で――進化を遂げ、剰え『先駆けの進化種』『パイオニア』なんて称号を得たくらいだ。ユニーク過ぎて参考にならない事夥しい。
ちなみに、同じく子亀の姿で使役契約が為された幻獣・シルの場合は、最初から育成ルートが確定していた事もあって、幼体クエストの枠には含められなかった。
「その次がプレイリーウルフの子供だったな」
「あれも、〝使役獣に見出されて使役主の許へ連れて来られる〟という、かなりレアなルートで確保されたんですが……」
「未だに実質的な使役関係は結ばれていない、と」
「『モフモフの旗』でしたか……? 彼女たちにしてみればペット枠なんでしょうね。一応は使役契約を結びはしても、訓練するなんて考えもしていないようです」
「本格的な主従関係は、成体になってから改めて結ぶつもりなのかもな」
「幼体の段階から訓練するというのは、考慮の外なんでしょうかねぇ……」
使役獣候補の幼体であるにも拘わらず、保護はされたが実質的な使役も訓練も為されていない――という、シュウイのケースとは別方向に想定外となった訳だ。
「で――多少強引でもまともな契約に至るのが先とばかりに、ナンの町の郊外にクエストを仕込んだら」
「ツインヘッドグリフォンの襲撃によるナンの町半壊となった訳です」




