第百六十八章 その頃の彼ら 2.「ワイルドフラワー」~ミックの場合~
パピィの能力確認が終わったところで、次にお座敷がかかったのは、
「ミック!」
ミミックジャガー(変異種)のミックであった。
使役主たるエリンが指示を出すと、ミックは〝仕方ねぇなぁ〟という感じでのそりと起き上がった。ただ、指示を嫌がったり反抗したりするような素振りは見せない。どちらかと言うとその様子は、〝ま、これも一宿一飯の恩義ってやつだ。借りの分だけは働かせてもらうぜ〟……とでも言っているかのよう。
もしもミックに口が利けたなら、〝知恵と力と勇気がどうしたってんだ〟〝仮令悪人と言われようとも、俺の運命は俺が決める〟……とでも言いそうな、ピカレスク的な雰囲気・風格を纏っている。
宛らクールでニヒルなタフガイ……と言うか、アンチヒーローっぽい仕草である。……そう、仕草だけは。
(「けど、見てくれは子猫なのよね……」)
(「小さな子供が大人の真似をしているようで、微笑ましゅうございますな」)
(「学芸会……て言うか、そんな映画あったよね? 出演者が子供ばっかりの。『トップダウン物語』だっけ?」)
(「『ダウンタウ○物語』よ。……確かにあの話と少し似てるわね、雰囲気」)
……などと身も蓋も無いヒソヒソ話を交わしている三人を尻目に、サフランとミモザの二人が少し離れた位置に陣取ると、それっとばかりに宙空に投げ上げたのは木製の円盤。クレー射撃の的のようなものであった。
そして……落下の放物線軌道を描いていたその的が、まるで何かに打たれたかのように弾け飛んで行く。
(「うんうん、やっぱりジャガーは鞭を使うべき。パラライザーじゃなくて」)
「何か言った? ミモザ」
「何でもない」
何やら不可解な会話を交わしている二人を尻目に、少し離れた位置ではセン・カナ・サンチェスの三名が、こちらも感心の体で言葉を交わしていた。
「おー……お見事」
「威力は軽いとは言え、あれだけ正確に当てられるのなら、実戦でも使いものになりそうですな」
「風魔法の【エアーウィップ】……目に見えない分だけ厄介ね」
「種族固有スキルの【擬態】と合わせれば、奇襲や遊撃には充分使えるかと」
どうやらミックの評価は――そのふてぶてしい態度は別として――充分に高いようである。ただ……
「難があるとすれば一つだけ」
「風魔法が目に見えないから猶更、踊ってるようにしか見えないよねー」
「そうね……」
そのミックは地面に座ったまま、片手を動かして風の鞭を操っている。ポーズとしては招き猫である。
「ねぇねぇカナちゃん、黒猫って何を招くんだっけ? お酒?」
「……どこからそんな話が出て来たのよ……確か『魔除け』の効果が高かったと思うわ。ただ……あれは〝招く〟と言っていいのかしら?」
サフランとミモザの二人が投げる的の軌道は、次第に難度が上がっていくらしく、ミックも落ち着いて座ってはいられなくなったようだ。時に後ろ足で立つような真似までしているため、その様子はまるで――
「踊っているかのようにも見えますな」
「あ、『猫じゃ猫じゃ』ってやつ?」
「……多分、違うと思うわ」
「あれ? 『かっぽれ』だったっけ?」
「……それも違うと思うわ、多分」
「むー……あ、『かんかんのう』ってやつ?」
「それは落語……いえ、ここの運営ならネタに使いかねないわね」
落語の「らくだ」には、死人に「かんかんのう」を踊らせるという件があるが、猫が屍体を踊らせるというのは日本各地にみられる俗信である。同じような俗信がSRO内にもあるのなら、少し面倒な事になるかもしれないが、
(……いえ、あれは〝猫が屍体を跨ぐとか触れるとかすると、屍体が起き上がって踊り出す〟んだったかしら。詳しくは憶えてないけど……ともかく、あんな風に操縦する感じじゃなかったような……)
SROの設定がリアルの伝承に必ずしも縛られるとは思えないが、その一方で、SROの設定には彼の「モフモフの女帝」が関わっている筈。使役獣が理不尽な迫害を受ける、そんな設定を容認するとも思えない。
(……とは言え、一応は気を付けておいた方が良いわね)
――などと、十中八九まで取り越し苦労と思われる注意事項を心の手帖にメモしているカナの傍らで、センがサンチェスに問いかけている。
「ねぇねぇ船長さん、ミミックジャガーって、普通はあんな事できないんだよね?」
「然様ですな。ハイディフォックスと違ってミミックジャガーは、基本的に待ち伏せ型の狩りを行ないます。その際には種族固有スキルの【擬態】を活用した奇襲を行ないますので、その関係か【跳躍】や【木登り】【登攀】といったスキルを持つ個体も多いと聞きます。ただ、あのように【エアーウィップ】を使い熟すという個体は、寡聞にして僕は存じませんな」
「ふーん、レア個体って事かぁ。さっすが変異種」
――と、センは感心する事頻りであったが、その呟きを耳にしていたらしく、カナがここで割って入る。
「いえ、それはどうかと思うのよね」
「ほぇ?」
ポカンとした表情のセンであるが、そこへ【エアーウィップ】の確認を終えた、残りの三人が合流する。
「何々? あたしのミックがどうしたって?」
聞き捨てならぬといった体のエリンに対して、カナはここまでの話を説明した上で、自分が抱いている疑問を披露する。即ち、ミックの説明文が「変異個体」でなく「変異種」となっている点について。
「初歩的な生物学の話になるんだけど、『種』という用語は〝遺伝的に均質な集団〟を指して使われるわよね? それを踏まえて『変異種』」という表記の事を考えると」
「……ミミックジャガーの中には同じように魔法を使う個体が他にもいるという事、将来的にはそういったモンスターと出会う可能性があるという事……?」
「その可能性を無視するべきじゃないと思うのよ」
「「「「「う~ん……」」」」」
【参考文献】
鈴木棠三(1982)「日本俗信事典 (動・植物編)」角川書店,東京.620pp.




