第八十五章 運営管理室
浮かぬ顔でログインしてきた木檜を見て、面倒事を持ち込んできたなと察するスタッフたち。案の定、木檜が口にしたのは面倒な案件ではあったのだが……
「風評被害?」
「ですか?」
営業部から本作に関する風評被害発生の懸念が持ち出されたらしい。
それは確かに問題だが、なんでその話が運営管理室のところへ持ち込まれるのか。どう考えてもお門違いだろう。
「いや、それがな……懸念となっているのは『スキルコレクター』らしい」
「『スキルコレクター』……って、あの彼ですか?」
「彼以外に『スキルコレクター』はおらんだろう」
〝スキルコレクター〟というのはシュウイのコードネームである。個人情報保護の観点から、運営管理室ではプレイヤーの本名は無論プレイヤー名を出す事も控えており、管理室内でだけ通じるコードネーム――渾名とも言う――で呼ぶ事が多くなっていた。一人のプレイヤーだけに与えられるユニークスキルの名前は、その点で都合が好かったため、これをコードネームとするケースは多かったのだ。
閑話休題、
「その彼がどうして風評被害に……あ……まさか……」
「……俺にも何となく判った気がする……」
「お察しのとおり、PvPの件だ」
それだけで話が通じる辺り、運営管理室もシュウイに大分毒されている。……当人たちの本意でないところが悲哀を誘うが。
「しかし……営業部の言い分は判りますが……我々にどうしろと?」
「彼がPvPを仕掛けて廻っているというならともかく、彼からPvPを仕掛けた事は一度もありませんよ?」
「PvP全体を規制しろとか言ってるんじゃないでしょうね? 営業の馬鹿ども」
「さすがにそこまでは言ってない。彼らなりに問題を検討したらしい。その上での提案なんだが――」
木檜を介して営業部から持ち込まれた話は、微妙に反駁しづらいものであった。
「……確かに……彼の挙動を見ている限り、解剖が趣味という風には見えませんが……」
「どちらかと言うと、アバターの身体構造を調べるために解剖しているようにも見えますね……」
「……口許に嗤いを浮かべているのが気になるけどな……」
運営管理室――多分営業部も――とプレイヤーをドン引きさせているのは、シュウイの「解剖」行為も然る事ながら、その間中彼が浮かべている微笑にあった。
なまじ美少女のように整った風貌――ただしこのゲームでは、容貌自体は若干の修正が可能なので、その点に関心を持つ者は多くない――が返り血を浴びているだけでもアレなのに、その上に涼やかなアルカイックスマイルを浮かべているのだ。凄惨を通り越して猟奇的である。ホラー映画のテザー動画かと思えるぐらいで、事実そういう問い合わせもあったらしい。
「……開発の連中が責められているようだな。デフォで返り血を表示するのは、余計な演出だったんじゃないかって……」
「解体とかのグロ表示はオミットされるようにしてあるが、返り血ぐらいなら演出の範疇だろうっていう提案を聞いた時には、成る程と思ったもんだが……」
「『スキルコレクター』の才能とマッチし過ぎていたからなぁ……」
「絵になると言えばなるんだが……あれはなぁ……」
「……まぁ、『スキルコレクター』以外では苦情は出ていないらしいが……」
「しかし、PvPシーンの動画が、あちこちに貼られているんだろう?」
「あぁ、営業が気を尖らせているのもその点らしい。そこで話を戻すんだが――」
脱線しかかった会話を木檜が戻す。
「営業の連中が言うには、『スキルコレクター』にアバターの身体構造に関する情報を提供してやれば、解剖行為を――少なくとも、解剖行為だけは――控えてもらえるんじゃないか――と、言うんだが……」
「……その交渉を我々にやれと?」
やっぱり面倒な案件だった――という表情をありありと浮かべた一同。
「しかし木檜さん、事情が事情とは言っても、特定のプレイヤーに便宜を図るのはどうなんですか?」
「あぁ。だから営業は、この情報を広く一般に開示する事を提案してきた。……ニーズがあるかどうかは知らんがな」
「知りたいと思うのはごく一部でしょうね……」
密やかな突っ込みをしれっとした顔でスルーして、木檜は話を続ける。
「ただしその前に、『スキルコレクター』が趣味で解剖しているんじゃない事、こちらの提案を呑んでくれるかどうか、情報を公開する事に同意してもらえるのか、それとも彼が独占する事を希望するのか……そういった事を確認する必要がある訳だ」
「その交渉を、運営管理室にやれって言うんですか……?」
「運営管理室は以前にも癖のあるプレイヤーと交渉した実績があるからな」
木檜の台詞に唸り声を上げるスタッフたち。
確かに、髑髏頭の死神やのっぺら坊や成りすましと交渉した事はあるが、どれ一つ取っても自分たちで望んだものじゃない。
「ま、業務の一環だと言われると、否定しづらいのは事実だからな」
……そうかもしれないが、自分たちばかりが貧乏籤を引き続けているような気がするのは、気のせいだろうか?
「その点は営業部も気を遣っているらしい。万一ストでも起こされて、自分たちに交渉のお鉢が廻ってきたら厄介――そう考えているんだろうけどな」
実際に営業部と話し合った木檜は、どうも「スキルコレクター」と交渉するのに及び腰なんじゃないかと感じていたが、そこまで口に出す事は無い。不必要に営業部の顔を潰す事も無いだろう。この件は貸しにしておいた方が、後々役に立ちそうだ。
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結論を言えば、運営管理室からの低姿勢のメールを読んだシュウイは、困惑しつつもその提案を受け入れたのであった。




