第八十四章 トンの町~その片隅で~ 5.クエストの開幕
「……え? …………えぇ? ………………えぇえぇぇっ!?」
カナからのメールと荷物を――トレード画面で――受け取った瑞葉が、やにわに素っ頓狂な声を上げたのには訳があった。
「な……何で急にクエストが……それも二つも……!?」
送られてきた荷物を手に取った途端、いきなり目の前に半透明なウィンドウが浮かび、そこにクエスト画面が表示されたのであった。
初めてSROにログインして以来、雑用一辺倒で生計を立ててきた――そしてそれ以外何もしてこなかった――ため、クエストなんてものがある事など綺麗さっぱり忘れていた。そんな彼女の前に、藪から棒にクエストが降って湧いてくれば、そりゃ驚くなと言う方が無理である。
「え……えぇと……こういう場合って……どうすればいいの!?」
何しろ慌てふためいている彼女の目の前には、
《職業解放クエスト「鳥撒布種子を発芽させよう」が発生しました。クエストを受けますか? なお、このクエストに期限はありません。 Y/N》
《職業解放クエスト「ズートの種を発芽させよう」が発生しました。クエストを受けますか? なお、このクエストに期限はありません。 Y/N》
――という二つのウィンドウが浮かんでいるのである。
「な、何でクエストが二つ……って言うか、職業解放クエストって何なの?」
瑞葉とて何の下調べもせずにSROに飛び込んだ訳ではない。種族レベルが5に上がった時点で冒険者からの転職が可能になる事、その際に提示される転職の選択肢にはそれまでの行動や経験が反映される事――などは承知していた。なればこそ、農民に転職したい一心で農業・園芸系のスキルばかり集めるという暴挙をしでかして、今現在の境遇に至っている訳だが、とりあえずその話は措くとして……
問題なのは、転職に際してクエストが必要――などという話は、掲示板には上がっていなかった事である。
ここで少々身も蓋も無い裏話をしておくと、この職業解放クエストというものは、運営が〝とりあえず作ってはみたが需要が有るか無いか判らない職業〟を斡旋するに際して、プレイヤーの意向を確認するためにでっち上げ……用意されたものである。要はクエストを熟してまでその職業に就きたいかどうかを確認するためのものなのだが……何しろ需要も人気も無さそうな職業という事で、必然的にレア職のみとなる。その割に職種自体は多いときているから、クエストの微調整なども後廻しにされがちであった。
そして、ここへきて瑞葉の前に提示されたクエストが、そういった未調整部分と偶然の恐ろしい混和物であったのだ。職業解放クエストが同時に二つも提示された件については後で述べるとして、運営側――と言うか、メーカー側――の最初の失策は、提示されたクエストが二つとも、〝何の職業を解放するのか〟に触れていない事であった。ただし幸いな事に――
「……〝種を発芽させよう〟ってあるんだから、これってどっちも農業とか園芸とかのクエストだよね?」
それが二つも提示された理由は解らないが、片方だけを選んでそれに失敗した場合の事を考えると、ここは二つとも受けておく方が良いだろう。滑り止めが必要というのは、受験を控えた――或いは視野に入れた――高校生なら誰でも知っている事だ。
「と、とりあえず……ここは両方受けるしか無いよね?」
文面からどちらも農業・園芸系のクエストだろうと察しを付け、躊躇う事無くその両方でYを選択したのであった。
さて、瑞葉の前に同系の職業解放クエストが同時に二つも提示された理由であるが、実は奇妙なまでの偶然と誤解の産物であった。
最初の、そして全ての切っ掛けとなったのは、キャラクタークリエイト時に瑞葉が栽培系のスキルを二つずつ取得した事にあった。彼女のステータスを参照したメインAIは、〝このプレイヤーは栽培系の職業を二つ希望しているのだろうか?〟――という疑問を払拭する事ができなかったのである。
SROではサブ職業というものが存在している事もあって、複数の職業を取得する事は珍しくない。大抵は別系統の職種に就くのであるが、栽培系の職業は何れもレア職であり、その内容は明らかにされていない。言い換えると、自分の狙いに合致しない職業を取得してしまう危険が無視できない。その場合の対策として、栽培系のスキルを二セット用意した……というのは、これは充分に考えられるし、少なくともその可能性を無視する訳にはいかない。
メインAIの懸念は、客観的にみても妥当なものであった。
そこに二つ目の偶然が舞い込んで来る。シュウイがカナに託して寄越した「種子」には、鳥の糞から回収したものと、実を食べた後のズートの種子の二つがあったが……実はこれ、ゲーム的には別個のクエストのトリガーに指定されていたのである。
そんなトリガーが二セット送られて来た事を知ったメインAIは、〝丁度好い〟とばかりに、条件に適する職業解放クエストを二つ提示した――というのが事の真相であった。同じ〝ズートの種子の発芽クエスト〟でありながら、瑞葉の場合にはシュウイとは違って「職業解放クエスト」に指定されたのは、こういう事情があったのである。
余談ながら、これらのクエスト開始のトリガーとなったのは確かに種子であったが、それだけでクエストが発生した訳ではない。前提条件……と言うかクエストを受ける資格として、それまでの経験値が必要であった。農地を得られなかった事を不満として腐っていくでもなく、地道に鉢植えの栽培や発芽の試験を積み重ねていた事で、その資格を得たのである。……本人は少しも気付いていなかったが。
これも余談ながら、今回の職業解放クエストの条件となっていたのは、①栽培系の経験値を貯め込んでいる事、②農地解放クエストを受けていない事、の二つであった。
「……もうすぐテストだっていうのに……何もこんな時にクエストが始まんなくても……贅沢な悩みだとは思うけど……」
そうぼやきながら、彼女はカナからのメールに改めて目を通すのであった。
――そうして……運営管理室の面々は、この一連の事態に全く気付いていなかった。
彼らがこの件に気付くのは――そして呪詛の言葉を吐き散らすのは――瑞葉がクエストを二つとも成功させるのを待たねばならなかった。




