第八十四章 トンの町~その片隅で~ 3.瑞葉という少女(その3)
「え……? 無いんですか……? 畑」
「と言いますか――抑、冒険者ギルドで扱う業務ではありませんね」
ログイン早々に足取りも軽く冒険者ギルドを訪れた少女・瑞葉への回答は、気の毒そうではあるが取り付く島も無いものであった。
とは言え、これはギルド職員の主張に理がある。プレイヤーへの農地の斡旋というのは、縦横斜め裏表のどこから見ても、冒険者ギルドの職掌ではない。
「だ、だったら、どこの部署へ行けば――?」
「そう言われましても……商業ギルドでも扱っていないと思いますし……」
「の、農業ギルドは?」
「? ありませんよ? そんなもの」
「――!?」
瑞葉お気楽に考えていたようだが、抑SRO世界はヨーロッパの中世をモデルにした、剣と魔法の世界である。農民の多くは小作農であって、自分の農地を持つ自作農は少ない。
小作農は雇い主たる領主の意向を無視して農協になど入れないし、自作農にしても下手に農協など作ったところで、領主たちに睨まれるだけでメリットは無い。ゆえに農業ギルドも農協も存在しない。農民たちの間での技術交流はあるが、それとて個々の農民たちが自主的にやっているだけで、組織的なものではない。
――と言うのが、瑞葉が調べなかったSROの世界設定なのだが……この話には身も蓋も無い裏事情があった。
要は、話が面倒になるのを嫌った会社側が、農業ギルドを設定しなかっただけなのである。だが、そんな裏事情までここで気にする必要は無い。――無いったら無い。
「仮に畑があったとしても、『異邦人』の方にお貸しするのは望まないと思いますよ?」
「ど、どうしてですか?」
「いえ、『異邦人』の方は、こちらに常駐しておいでではないでしょう? 私もそれほど詳しい訳ではありませんけど、天気やら何やかやと、現場に詰めていないと対応できない事って多いでしょう? 留守がちな『異邦人』の方だと、その辺りがちょっと心許無いと申しますか……」
要するに、偶にしかやって来ない異邦人なんかに任せられる土地は無いという事である。
プレイヤー各人の事情によって、それぞれのログイン時間に制限があるためなのだが、SRO世界の住人から見ると、気が向いた時だけやって来ているようにしか見えない。
畑が駄目になるのが目に見えていて、それでも土地を貸そうという者はいないのではないか――というのがギルド職員の見解であり、
「…………」
瑞葉も納得せざるを得なかったのである。
「領外の土地を自力で開墾すると仰るなら、あるいは可能かもしれませんが……」
戦闘スキルを何一つ持たず、金策の当ても無い瑞葉には、到底無理な話である。
実は、報酬として土地が貰えるようなクエストも仕込んではあるのだが、その手のクエストは何れも、住人からの依頼をこなした報酬として土地の権利を貰うというものであり、その「依頼」というのも討伐系の依頼がほとんどなのであった。
運営側としても、まさか瑞葉のように尖ったスキル構成――戦闘スキルも生産スキルも何一つ持たない――のプレイヤーが土地を欲するなどとは考えていなかったのである。仮にも「冒険者」としてゲーム世界にログインするのだから、それ相応の準備はしておくのが基本ではないか。
明るい未来設計を根底から覆されて呆然としている瑞葉に、新たな追い討ちがかけられた。――曰く、如何にして生計を立てるべきか。




