第八十章 その頃の彼ら 2.テムジン工房
「師匠~終わりました~」
「講評お願いしま~す」
疲れの滲んだ声を上げながら、およそ一時間に及ぶ苦闘の結晶を師匠の許へと持参する二人のプレイヤー。
「どら……まだ焼き入れが甘いな。こっちは刀身に鬆が入ってる。このままだとここから折れるぞ」
「「うぇぇ……」」
「それは廃棄品の箱に突っ込んでおいて――少し休んだら最初からやり直し」
「「はぁぁぁぁ……」」
容赦無く駄目を出されて凹む弟子たちに、もの柔らかな声で追い討ちをかける師匠。
「原料はそこにあるインゴットを使うように」
「はい……あの、師匠……」
「俺たち、本当に鉱石掘りに行かなくていいんですか?」
駆け出しはまず鉱石を掘りに行って、それを選鉱し精錬するところから始まる――と、掲示板には書いてあったのだが……テムジンのところへ弟子入りしてからというもの、鉱石掘りに行った事など数えるほどしか無い。原料は全てテムジンが手配している。楽で好いのは事実だが、何だか申し訳無いような気持ちにもなってくる。
「【鍛冶】スキルの【精錬】は、回数を重ねてレベルが上がるようなスキルじゃない。そんな暇があるなら、少しでも数を打って【鍛冶】スキルを上げろ。鉱石を見極める目は必要だが、それは回収後の鉱石を見てもレベルアップは可能だ。ドット親方に目利きのコツを教わりたいなら、少しでも腕を上げておかないと蹴り出されるぞ」
「「は~い」」
――少しばかり補足説明が必要であろう。
まず、弟子たちには尤もらしい事を言っているが、弟子二人を鉱石掘りに行かせないのは――実は【鍛冶】スキルの【選鉱】や【精錬】によって、鉱石に不純物として含まれている微量元素――稀少金属や希土類元素――が消失するのを嫌がったのである。
弟子二人が行こうとしているのは、初心者向けだが低品質の鉱石しか採れない西の採掘地である。しかし、低品質の鉄鉱石という事は、逆に言えば不純物としての微量元素を豊富に含んだ鉱石という訳で……貴重な〝微量元素の〟鉱石を、無駄に消費してほしくない――というのがテムジンの本音なのであった。
微量元素と特殊鋼の件はシュウイと共同で進めている秘密計画であり、弟子と雖も軽々しく打ち明ける訳にはいかない。なので黙って鉄のインゴットだけを渡しているのだが……そのせいで弟子たちからは申し訳無いと思われているテムジンであった。
ちなみに、鉱石から微量元素を分離するに当たっては【錬金術】が必要という事で、テムジンは高い課金までして【錬金術】を取得している。【分離】の練習に果実水の作製が持ってこいだとシュウイから聞いて、毎晩のように果実水を作って飲んでいるのは、ここだけの話なのであった。
次に、ドット親方というのは誰かと言うと……実は、トンの町に仕事場を構える、住人の鍛冶師である。一応テムジンというβプレイヤーに弟子入りしておきながら、なぜまた住人の鍛冶師に教えを請う必要があるのか。それにはこういう事情があった。
実は、SROにおいて鍛冶作業の原料となる金属には、二通りの入手法がある。一つは鉱石を掘り出して精錬するというもので、プレイヤーたちが手がけているのはこちらの方法である。そしてもう一つが、破損した剣などを鋳潰して再生するというものであるが……こちらの技術は住人の専売特許となっているのである。
現実には鉱石よりも屑鉄から精錬する方が容易な筈だが、なぜかSROにおいてはその逆で、屑鉄からリサイクルする方が高度な技術となっていた。どうもSROの【鍛冶】スキルでは、鍛造の際に魔力か何かを込める仕様になっているらしく、リサイクル時にそれを抜く必要があるという設定らしい。ここの運営は当然この事を公表していない。
鉱石からの製錬と屑鉄からのリサイクル、手っ取り早いのは当然後者である。ゲームが進むにつれて作業時間の短縮が要求されるようになり、リサイクル技術が希求される事になるのだが……この技術、住人の鍛冶師から教わらない限り、プレイヤーが習得する事は不可能になっていた。テムジンはβテスト時に偶然この技術を教わる事ができ、それがために攻略組に便利重宝に引き廻された苦い思い出があった。なので、今回はその轍を避けるべく、弟子となった二人にそれを習得させる事に決めていた。要するに、弟子たちは体の良い生け贄なのである。
ただ、先述したようにこの技術は、どうしても住人の鍛冶師から教わる必要がある。なので、テムジンの知人の鍛冶師に頼み込んで、工房へ出入りさせているのだが、何しろ頑固職人の見本のような人物なので、素人臭い真似をしたら蹴り出される事になる。そうなる事が無いように、少しでも鍛冶の腕を上げておくべく特訓をしている……というのが冒頭の場面なのであった。
「それは解りますけど、師匠」
「鍛冶場に座ってばかりじゃ腰にくるんですけど……」
「エコノミークラス症候群とか心配になるレベルで」
――ゲームの中にまでそんなものを持ち込むかという気もするが、そういう面で油断のできないのがここの運営である。
「だったら、知り合い誘って狩りにでも行くといい。生産職でも最低限身を守る技術は持っていた方がいいからな」
「……やっぱり採掘じゃなくて狩りなんですか?」
「西の採掘地なんかじゃ、幾ら行ってもレベルは上がらんぞ? それより、臨時パーティを組んで狩りに行った方が効率的だ。PvPでも構わんが……そっちにするか? それ向きの知人がいるにはいるが?」
「「遠慮しときます」」
あくまで採掘には行かせたくないテムジンであった。




