第七十三章 トンの町 2.運営管理室
「おぃっっ! どういう事だ!?」
「『鼓吹の鈴』を素材にするレシピなんて載ってないぞ!?」
今日も今日とて怒号が渦巻く運営管理室。もはやこれが安定となりつつある状況なのが涙を誘う。……それでも、「鼓吹の鈴」が普通の素材リストに載ってない事に気付くまでは、ここも平穏だったのである。
その平穏が破られたのは、素材鑑定のテキストファイルを確かめてから。
プロテクトが掛かってシュウイに見えなくなっているだけだと思っていたのが、実際に何のレシピも書かれていないという事実に気付いてからであった。
慌てたスタッフが通常版【錬金術】のレシピをチェックしたところ、驚くべき事が判明した。すなわち……
「……レシピが、無い?」
「はい。通常の【錬金術】にも【調薬】にも、『鼓吹の鈴』を使ったレシピは登録されていません。念のために【鍛冶】も確かめてみましたが、やはり載っていませんでした」
「……と、いう事は……」
「『鼓吹の鈴』を使ったレシピは、邪道スキルに特有のものだと思われます」
「し、しかし……邪道スキルの場合、レシピはヘルプファイルの形で仕込んである筈だろう?」
「それが無いって事は……」
それが何を意味するのかは判らない。ただ、碌でもない事なのは判っている。それが冒頭の騒ぎへと繋がるのである。
「……想定外のアクシデントで解放されたが……『鼓吹の鈴』は本来なら中盤から終盤に出現する予定だった。邪道スキルを担当した亘理もそのつもりでいただろう」
不吉な声音で管理室チーフの木檜が話し出す。思わず耳を塞ぎたくなるが、立場上それもできずに表情を強ばらせるスタッフたち。
「……亘理がレシピを準備する前に退職したって事ですか?」
「レシピは既に仕込まれていて、ヘルプのテキストだけが準備されていない可能性もあるがな。こういう場合、最悪を想定して動くのが常道だろう」
思わず天を仰ぎ、または俯いて足下を見つめるスタッフたち。視線の向きは文字どおり天と地ほどに違っていたが、その思いは全員共通していた。
「「「「「亘理の――大馬鹿野郎っっっ!!!」」」」」
・・・・・・・・
無責任な(?)退職者を思う存分罵って、少しは気が晴れたのか、改めて事態を分析するスタッフたち。
「『鼓吹の鈴』というタグを手掛かりにして、レシピがあるかどうかを調べる事はできるか?」
木檜の質問に難しい顔を返すスタッフたち。
「……不可能ではないと思いますが……」
「人手が足りません。『鼓吹の鈴』を素材にして何ができるのか、他にどんな素材が必要なのか、そして何より『鼓吹の鈴』をどう処理するのか。これらが何一つ判っていない現状では……」
「実質不可能、か……」
「はい」
「残念ながら」
単にレシピが見つからないというだけならまだしも、既に「鼓吹の鈴」が素材である事は、シュウイとナントに知られてしまった後である。あのシュウイという少年が「鼓吹の鈴」をレシピとした何かを作製できるようになるのはまだ先だろうが……何しろ相手は一気にスーファンまで飛んで行ってしまう「トリックスター」である。どこでどうしていつ錬金作業に至るか、知れたものではない。
そうすると……
「……これ……下手をすると俺たちの方で……」
「……『鼓吹の鈴』を使ったレシピを用意しなくちゃならないって事か?」
「……それだけならまだいい。もっと悪いのは、こっちでレシピを作って仕込んだ後になって、亘理のレシピが発見される事だろう」
無駄働きになるくらいならともかく、そのせいでゲームの整合性がおかしくなるような事になったら笑えない。
「……どうにかして人手を遣り繰りして……亘理のレシピを探すしか無いか……」
「それとは別に、こっちでもレシピの準備だけはしておかないと……」
「だが……レアアイテム……それも国宝のレプリカなんてものを素材にするなんて、一体何ができるってんだ?」
例によって途方に暮れる運営管理室のスタッフたちであった。




