第七十一章 運営管理室 1.トンの町
今日も今日とて運営管理室には、穏やかならざる空気が充ちていた。最近はこれがデフォルトとなっているが、今日の空気は困惑風味である。怒号が飛び交っているよりはマシだろうか。
「すぐに騒がしくなるんじゃないですかぁ~?」
物騒な予言を宣った一言夕子に険悪な一瞥をくれて、セカンドチーフの大楽が木檜に向き直る。
「木檜さん……『鼓吹の鈴』って……」
「……あぁ、本来ならこんな序盤で出てくるアイテムじゃない。抑あれはペイの町以降で手に入る果実を領主に献上しないと、入手のフラグが立たんからな」
諦観の籠もったカミングアウトを聞いたスタッフたちが、これまた悟ったような声で恨み言を呟く。この職場に配置されてから、人生の不条理を嘆く事が増えた気がする。
「『トリックスター』が【迷子】でスーファンの町に行ったりするから……」
「いや……あれは彼が選択した結果じゃないだろう。責めるのは筋違いの気もするぞ?」
「まぁな。だが、面倒な結果になったのは事実だ。こんな序盤であのアイテムが解放された場合、今後の展開がどうなるか読めんぞ?」
「しかも、それを駆け出しの新人に、それも吟遊詩人に与えたとなると……」
「……駄目だ……展開の予想が付かん……」
「今日は吟遊詩人君の特訓みたいだから、見てれば何か判るんじゃないですかぁ~?」
「見たくないものや見て後悔するものを、見せられるような気がするけどな」
一言夕子の不穏な一語に対して、これまた不吉に切り返した徳佐。そして、そんな二人をジットリと見つめるスタッフたち。
SRO運営管理室の、いつもの一日が始まった。
・・・・・・・・
「……アレは……特訓になるのか……?」
「下手をするとパワハラ案件だぞ、これ」
「今までとはベクトルの異なる面倒事を投げ込んできたなぁ……」
頭痛と困惑を絶妙にミックスしたトラブルに頭を抱えているスタッフたち。彼らが見ているモニターには、トンの町外れで発声練習をさせられている新人の姿が映っている。
「……大丈夫なんでしょうか? 木檜さん」
「GMコールがかかってないんだから大丈夫……と、思うが……」
「コールがかかるなら昨日のうちにかかってるだろ」
「まぁ……そう言われれば……」
「あ……」
ログをチェックしていた中嶌の低い呟きに、一斉に顔と身体を向けるスタッフたち。
「何があった? 中嶌」
「また面倒事じゃないだろうな?」
「トラブルではないです……少なくとも。……モックというプレイヤーが【咆吼】を取得しました」
微妙な表情の中嶌の報告に、これも複雑な表情を浮かべるスタッフたち。
「そういう取得ルートが設定されているのか?」
「またぞろ亘理案件じゃあるまいな」
「おい、妙なフラグを立てるな」
「そのあたりはどうなんだ? 中嶌」
僅かに顔を顰めながら訊ねたのは大楽である。
「いえ……いきなり【咆吼】を取得したんじゃないですね。一応【大声】が先に生えて、それが【咆吼】に進化した形です。……進化するまでの時間が恐ろしく短かったですけど」
ログをチェックしていた中嶌がそう告げた。
「まぁ……あんな密度の特訓を受けりゃあそうなるか……」
「しかし……吟遊詩人のスキルは【歌唱】じゃなかったか?」
「そっちは最初から持ってますね」
「まぁ、吟遊詩人を狙ってるくらいなら当然か」
「待て……【歌唱】と【咆吼】に妙な相互作用とかは無いだろうな?」
少し前に、【掏摸】と【捕り手術】が手を組んで、【奪刀術EX】なる新スキルを作り出すのを目にしたばかりだ。ここでまたぞろ妙な事態を起こされては堪らない。
「え、えぇと……少なくとも、ログの方には異常はありません」
「少し待ってくれ……いや……相互作用と言えるようなものは無いな。ただ……」
「ただ……何だ?」
「気を持たせるな。一思いにさっさとやれ」
「いや、本当に大した事じゃないんだ。吟遊詩人の場合、呪文詠唱とか歌唱の効果は声量や声質にも影響されるというだけで」
「声量……」
「【咆吼】か……」
「いや、【咆吼】って意味不明な怒鳴り声を出すだけじゃないのか?」
「違うな。声に魔力を乗せて届けるというのが【咆吼】スキルの本質だ。呪文詠唱に関するスキルを持つ者が【咆吼】を併せ持っていると、効果が少し上がるようだ。βテストでは検証から外れたみたいだけどな」
微妙な空気が管理室を覆った。




