第六十七章 トンの町 4.新人指導~モックの場合~(その4)
吟遊詩人の鍛え方が判らないシュウイが思案の結果思い至ったのは、吟遊詩人というのは歌手のようなものである、ならばとりあえず発声練習だろうという、極めて安易かつ平明な結論であった。確かに、論旨としてはおかしくないように思える。明らかにおかしいのはそこから先で……
「どっかの歌手が、声だけでガラス瓶を割ったって話だよね?」
「どこの超音波怪獣ですか!!」
ただ、いかにVRゲームと言ってもそこまでは要求されないだろうという結論に、モックもほっと胸を撫で下ろした。そのせいで、そこから先のシュウイの論旨に注意が疎かになっていたのは油断であった。
シュウイが言うには、吟遊詩人に重要なのは声質や声量だけではない、どんな状況にあっても安定して発声できる胆力も必要であろうとの事で、これにはモックも同意せざるを得なかった――幾ばくか不吉な予感を覚えながらも。
「そういう事で今日は、モンスターを発声だけで牽制する訓練をしてみようか」
「「――っ!?―――っ!!」」
「大丈夫大丈夫、今日は少しレベルを下げて南のフィールドにしとくから」
「なぜだろう……凄く喜んでる自分がいる……」
「エンジュは昨日と同じで隠れててね。【隠蔽】の訓練って事で」
昨日と同じ――脅威度は一応下げてあるのだが――訓練を続けると聞いたエンジュは泣きたくなるが、それでもモックよりは格段にマシだと思うと、不思議と反論する気が起こらない。下手に反抗してこれ以上酷い訓練を受けさせられるより、ここは大人しく耐えておくべきだろう。危険度も少し下がるらしいし、何より鬼軍曹の言うとおり、得られるものは大きいのだ。
「じゃあ、モックは頑張ってね。昨日と同じように僕が護衛するから大丈夫。雑魚とは言えモンスターを一喝で威圧できるようになれば、今後色々と便利だから」
半ば放心状態――脳が考えるのを拒否したらしい――のモックに声をかけて、シュウイはシルに念話で話しかける。
(シル……お前は僕が必ず守るから、あの子の前に【力場障壁】を展開できる?)
自分と離れた位置に【力場障壁】を張るという新たな課題に、シルは少し考え込んでいたが、やがて力強く頷いた。やる気になったようだ。
(じゃあ、頼むね)
そう言い置いて、シュウイは近寄って来る気配に意識を向けた。
・・・・・・・・
「……い、生きてる……」
「大袈裟だなぁ。ちゃんと護ってあげたでしょ?」
暴れたモンスターが弾き飛ばした石などが時折飛んで行ったが、それはシルが巧く弾いてくれたようだ。モックは声を出し続ける事に気を取られ、エンジュはエンジュで目を瞑っていたし、シルの事がバレる気遣いは無いだろう。
「……それでも……生きた心地がしませんでしたよ……声が途切れると、先輩が石を投げてくるし……」
「発声練習なんだから当たり前じゃん。サボりは許さないよ」
「いえ……サボりとかではなく……」
恐怖で舌が硬直したせいなのであるが、そんな弁明は通用しないようだ。
「で、練習の甲斐はあった?」
「えぇ……【咆吼】スキルが生えてますね……なぜか……」
狙っていたのとは些か違うスキルを取得したという言葉に、シュウイも――ついでに言うと懐のシルも――首を傾げたが、貰えるものは貰っておけばいいだろうと気楽に考える事にしたようだ。実際、役に立たないスキルではないし。
「【咆吼】って……【大声】を育てたら進化するんじゃないかって、掲示板では言われてますけど……」
「完成品を貰えて良かったじゃん?」
「まぁ……そうなんですけど……」
エンジュも【隠蔽】がレベル3に上がったという事で、新人二人の実り多き――ついでに苦難も多かったが――一日は終わったのである。
追伸。この日のドロップ品も、昨日ほどではないが大漁であった。




