第六十五章 トンの町 2.新人指導(その1)
新キャラの登場です。
狐に抓まれた思いで冒険者ギルドを訪れたシュウイを待ち受けていたのは、掛け値無しの面倒事であった。それは、シュウイの予定――近いうちにトンの町を引き払ってナンの町に移る――の変更を余儀無くさせられるタイプの面倒事であり、しかもシュウイの立場では断りづらいものであった。
「……新人指導って……僕がですか?」
呆れたような声で聞き直すシュウイ。何かの間違いじゃないのか? 少なくとも、つい先日昇級したばかりのE級に対する依頼ではないだろう。
「あぁ。残念だが間違いじゃねぇ。正真正銘、お前さんに対する指名依頼だ」
「ギルマス、最近眼が霞むとか、記憶が曖昧になるとか、言葉が出てこないとか、ありません? 老化って気付かないうちに進んでいるらしいですよ?」
「そこまで耄碌しとらんわ! ……いや、問題はお前ら『異邦人』が急に増え過ぎた事なんだ」
直接の切っ掛けは、シュウイが田舎に行っていた間の第二陣の参入である。新規参入組が一気にナンの町を訪れた――地域ごとにサーバーを別にしてはあるのだが、それでも多数がここのトンの町を訪れた――ため、町は一時的に混雑状態になった。それでも、先行組の大半がナンの町に移動していたため、空いた資源を振り分ければ何とか対応できた……筈であった。
運営側が甚だしく読み違えていたのは、新参プレイヤーたちの行動であった。
NPCとの交流が重要という記事を読んでいた新規参入組が、交流狙いで指導を受けに冒険者ギルドに殺到したのである。その数が運営の予想を超えて多かったため、職員の人手が足りず……
「折良くここにいた冒険者どもに、依頼という形で指導を頼んだんだがな……」
「ここに登録している冒険者だけでは足りなかった――と?」
NPCだけでは人手が足りず、SROを管理するメインAIは、遂にプレイヤーまで巻き込む決断をしたらしい。トンの町を拠点としているプレイヤーは少ないため、偶々滞在中だったプレイヤーにまで指名依頼という形で押し付けたのだという。プレイヤーたちも面食らったらしいが……
(クエスト扱いにされたんじゃあねぇ……引き受けない訳にはいかなかったんだろうなぁ……)
シュウイが納得してしまう理由が、今現在シュウイの目の前に浮かんでいる。
《緊急クエスト「後輩冒険者を指導せよ!」が発生しました。クエストを受けますか? Y/N》
シュウイは躊躇う事無くYをタップし、ギルドマスターに了承の意を告げる。
「けどギルマス、一応お引き受けはしましたけど、僕自身がぺーぺーのE級ですよ? 指導できる事は限られてると思うんですけど?」
「あぁ、その点についちゃ儂らも考えてる。他所へ出向いている連中を急ぎ引き返させてるから、そいつらが戻って来るまでの場繋ぎ程度で構わん。その間に基本的なところだけでも教えておいてもらえりゃあ、うちとしても助かる」
あ、期間限定なんだ。それなら何とかなるかな。
「そうと決まったらこっちへ来てくれ。異邦人どもがうるさいんでな」
急き立てるギルドマスターに連れられて、シュウイはギルドに一室に入った。そこには十人近いプレイヤーたちがいたのだが……
「あんた、プレイヤーか?」
「えぇーっ、NPCじゃないのぉ?」
「そんな……話が違うじゃないか」
「いや、だからこっちも人手が足りねぇって言ったろうが。とにかく、冒険者ギルドとしちゃぁこいつに指導を依頼するのが精一杯だ。文句があるんなら受けなくても構わんぞ」
そう断言するギルドマスターに、当てが外れて文句を言いながら指導を拒否して出て行く者がほとんどであったのだが……
「お前さんたちゃ良いのか?」
「えと……初心者なので、先輩に指導して戴けるんなら助かります」
「これって、ギルドとしての公式な対応って事ですよね? だったら運営側としては、そちらの方も住人に準じた扱いをするという事でしょうから、僕に何らかのメリットが生じる可能性は高いと思います」
短気は損気ですねと、小柄な少年のプレイヤーは出て行った者たちを笑っていた。ギルドマスターの方はといえば、少年の「運営側」発言に少し首を捻っていたが、深く考えない事にしたようだ。
「んじゃ、とりあえずこの二人の指導はお前に任せる」
二人の背丈が自分より少し低いのを素早く見て取って、何となく安堵を覚えたシュウイであったが、今はそれよりも切羽詰まった問題がある。
「ちょっと待って下さいよ、ギルマス。指導自体はお引き受けしましたけど、抑冒険者ギルドでは、新人冒険者にどういう依頼を割り振っているんですか?」
それが判らないと指導のしようがないというシュウイに、そう言えばこいつは最初から新人の枠外だったと思い返すギルドマスター。
その一方で、どうやら新人向けの依頼をすっ飛ばして昇級したらしい先輩プレイヤーに対して、幾ばくかの尊敬と不安を抱く新人組。
「……そう言やぁ、お前さんは最初っから色々と妙だったよな。薬草採集ばかり受けてたかと思うと、討伐依頼を受けずにいきなり物騒な獲物を持ち込んだり……」
後輩の前で旧悪をバラされたシュウイは頬をひくつかせているが、ギルドマスターはそんな事に目もくれずに女性職員の一人を呼んで、シュウイの要望を説明する。
「……成る程、薬草採集の他にも、色々と細々した依頼があるんですね……」
戦闘能力の低い新米冒険者は、フィールドへ出ても充分な稼ぎを得られる事は少ない。その分、荷物運びや家の修理、清掃などのお手伝いクエストで日銭を稼いでいるようだ。こういう依頼を積み重ねる事で、町の住人たちと交流したり、町の構造や付近の地理などを憶え、それと同時に様々な技術やその使い途を修得するのだろう……本来であれば。
少なくとも、初っ端からモンスターの討伐に血道を上げているようでは、この世界の事を充分に学ぶ事はできないだろう。後輩共々そんな感慨に浸っていたシュウイであったが、そこに冷水を浴びせるがごとき女性職員の言葉が降りかかる。
「好い機会だから、シュウイ君も受けてみる? 決闘とか賞金稼ぎとか、普通の初心者にはお勧めできないのよ?」
新人二人の視線に、いたたまれない思いをするシュウイであった。




