第六十五章 トンの町 1.万力鎖
祖父ちゃんのとこから帰って来て、久しぶりのSRO! もうね、家族との対話も夕飯もそこそこに切り上げちゃいました。親も呆れてたけど、まだゲーム依存症ってほどじゃないと思うな、僕は。
ともあれ、久しぶりにログインした僕を、いつも通りのシルが迎えてくれた。連休前と較べても、別に機嫌が悪いとか体調が悪いとかは無いようで安心する。何たって、僕の大事な相棒だからね。
朝食を摂った後で今日の予定なんだけど……テムジンさんの様子を見に行こうか。
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「おぉ……」
「お気に召したかい?」
テムジンさんの質問には、言葉よりも行動で答えたいな。うん、分銅の大きさといい重さといい、はたまた鎖の長さといい、理想的な出来映えだ。軽く振ってみて、思い通りに動くのを確かめると、僕はテムジンさんの方に向き直った。きっと、満面の笑みを浮かべてるんだろうな、僕。
「完璧です。これなら思っていたとおりの使い方ができそうです」
「それは何よりだ。自分としても、中々満足のいく仕事ができたよ。こういう依頼は珍しいからね」
「それにしても……構造は簡単とはいえ、重さとかバランスとか、能く再現できましたね、万力鎖」
「この手の武器に詳しい知人がいてね。リアルの方で。まぁ、武器オタクというやつなんだろうが、そいつに頼んで実物を見せてもらったのさ」
「あぁ、そういう事でしたか」
「自分の無知で依頼人を失望させる訳にはいかないからね」
うん、プロ意識ってやつだね。
「基本的には暗器としての性格を強く、手の中に隠し持てる程度の大きさ。射程より操作性と携行性、秘匿性を重視して、鎖の長さは短めに。一応、正木流の万力鎖を参考にしたんだが……」
「充分です」
万力鎖の技法は、本来の歌枕流には含まれていなかったみたいなんだよね。最初の頃は併伝という形で伝えられてきたらしいけど、技術の改良を経ていつの間にか歌枕流に……って、うちの流派ってそういうの多いんだよね。十手術もそうだし……代々の宗家が武術オタクだったのかな? ……まぁ、僕も他人の事は言えないけど……。鎖鎌まで伝わってるもんなぁ……。修験者が使う武器じゃないような気がするんだけど……誰も疑問に思わなかったのかな?
「シュウイ君は、これを接近戦の時の切り札として使うつもりかい?」
「えぇ。バグ・ナクも悪い武器じゃありませんけど、使い方はどうしても限られますから」
「一方でこの万力鎖は、打撃にも防御にも捕獲にも、場合によっては投擲にも使える。使い勝手の良い武器と言えるだろうな……使いこなせれば、だが?」
「あ、その辺は大丈夫だと思ってます。テムジンさんのご友人じゃありませんけど、僕も少し扱った事がありますから」
「パーソナルスキルだけで乗り切るつもりかね。……尤も、万力鎖なんて得物はさすがの運営も想定していなかっただろうがね」
「【暗器術】に含まれているのかもしれませんよ? 僕の場合、バグ・ナクを使っていたからか、勝手に生えてきましたけど」
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その頃運営管理室の面々は……
「また彼か……」
「どうしてこう、予想の斜め上の行動ばかりとるんだ、この子は……」
実のところ万力鎖は、【暗器術】にも含まれていない武器であり武術であった。隠し武器という性格を持ちながら、その使い方が――テムジンの言うように――打撃・防御・捕獲・投擲と多岐に亘っているため、比較的単純な動きに対する補正スキルである【暗器術 初級】では対応しにくかったのである。とは言え、パーソナルスキルだけでこういう武器を使われた場合、ゲーム的な対応が難しくなる。
「ともかく、彼があの妙な武器……万力鎖だったか? それをどの程度使いこなせるのか、それが判らなくちゃ話しにならんだろう」
「今までの事例からすると、自由自在に使いこなすんじゃないか?」
「扱える自信の無い武器を、態々発注はしないだろうからな」
「ロマン武器ってやつかもしれんぞ?」
「現状から目を逸らすな。あのプレーヤーはそういうタイプじゃないだろう」
諦めの混じった声で管理室のスタッフたちが議論している中、セカンドチーフの大楽は、チーフの木檜に向かって問いかける。
「本当に、どうするんですか?」
「うむ……誰か、あの武器について知っている者はいるか?」
木檜の問いに数名が手を挙げた。シュウイがテムジンに製作依頼を出した時点で、危機感を覚えてネットなどで情報を漁っていたらしい。
「……すると、テムジンというプレイヤーが言うとおり、打撃・防御・捕獲・投擲と多岐に亘った使い方ができるんだな?」
「えぇ。その一方で、流血沙汰を起こさずに敵を制圧する事もできるので、城中とかの警護にも用いられたみたいですよ」
「ふむ……ただ、技法的にはあくまで短武器の範疇に収まるんだな?」
木檜の質問は、スタッフたちを困惑させたようであった。
「……はい?」
「どういう事ですか?」
「あぁ、言葉が足りなかったか。つまり……打つ、受け止める、振り回すといった個々の動作そのものは、【暗器術】でフォローしている中に含まれるんだな?」
「それは……そう……だと思います」
「万力鎖だか分銅鎖だかの技法を詳しく知っている訳ではありませんから、確約はできませんけど、自分がネットで見た限りでは、チーフの仰るとおりですね」
「ただ……それでも【暗器術】の初級では、全てをフォローできないかもしれません」
しばらく腕を組んで考え込んでいた木檜であったが、やがて顔を上げると決断する。
「彼の技倆次第な部分はあるが……【暗器術】を初級から中級に上げる事も視野に入れておこう」
「また、面倒な事になりそうですね……」
「今後、彼のように一芸に通じたプレイヤーが参入してくる事も考えられる。その予行演習と思えば良いだろう」
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運営管理室の面々をどんよりとした気分に追いやっているなどとは露ほども思わず、シュウイは工房の内部を見渡す。
できれば特殊鋼の進展についてテムジンから話を聞きたかったのだが……
「テムジンさん、彼らはお弟子さんとかですか?」
現在、テムジンの工房内では数名の人物が忙しげに立ち回っている。時々こちらに好奇の視線を向けてくる彼らは、頭上に浮かんでいるカーソルの色からプレイヤーだと判る。ただ、そんな彼らがどうして工房内にいるのか。その辺りの事情がシュウイには解らなかった。
「いや、弟子という訳ではないが……シュウイ君も他人事ではないと思うよ。詳しくは冒険者ギルドへ行ってみると良い」
「はぁ?」
斯くして、連休明け早々にシュウイは予想外の展開に向き合う羽目になるのである。




