第五十九章 トンの町 6.南のフィールド(その2)
シルは臭いをものともせずにシュウイが切り分けたマンゴスタの欠片を夢中でパクついている。臭いはともかく味は良い――のかもしれないが、その臭いが気になって味わおうという気になれない。とっとと実験を済ませて立ち去りたいというのが、シュウイの偽らざる本音である。
「えーと、分離!」
駄目元で悪臭成分を分離できるか試したところ、シュウイの【錬金術】が初級のためか、個々の化学物質に分けての抽出はできないが、主な悪臭成分を纏めて除去する事はできるようであった。なので、何の疑いもなくそうしたところ……
「――仝γ∈☆%!ッ――θ!」
シュウイは見事に失念していたが、マンゴスタの実に含まれている悪臭成分を「分離」するという事は、見方を変えれば悪臭成分だけを「濃縮」するという事である。
濃縮された件の成分が発する悪臭は、以前のそれとは較べものにならぬほど強烈であった。――隣でマンゴスタをパクついていたシルが、素早く距離を取ったほどに。
「やはりのう……」
「……ああなると知っていたんですか?」
「いや、知ってはおらなんだが、少し考えれば判るじゃろう?」
「まぁ……自分も、ひょっとしてとは思いましたが」
「世話の焼ける弟子じゃ……シュウイよ! 早うそれを容器に移さぬか!」
師匠の声に押されるようにして、シュウイが分離した悪臭成分を壜に移すと、ようやく地獄絵図が収まりを見せた。もしも凶臭地獄というのがあるとしたら、きっとこんな感じであったろう。
「あー……酷い目に遭った……」
臭いが収まったと見たバランドたちが、警戒しつつシュウイの方へと歩いて来る。シルはいつの間にかシュウイの隣へ戻っていた――何食わぬ顔をして。
「シュウイよ、一つ教えておいてやろう。果実などから有毒成分を抜き取る時はの、果実に穴を穿って、そこに予め容器を当てて、その中に毒性分を移すものじゃ」
「師匠……それ、早く教えて下さいよ……」
「教える前に、お主がいきなり実を切り分けたんじゃろうが」
「う~……」
予想外――少なくともシュウイにとっては――のアクシデントはあったものの、ともかく臭い抜きは済んだという事で、改めてマンゴスタを味わう一同。
「うわぁ……こんなに美味しいんだ……」
「これは……リアルで食べたドリアンと同じくらい、いや……それ以上の美味だな」
「あ、テムジンさん、ドリアン食べた事あるんですね」
「あぁ。以前に一度だけだが」
「シルも気に入ったみたいだね。臭いを抜く前と後、どっちが良いのかな?」
シュウイの問いかけにシルはしばし食べるのを止めて考え込む風であったが、やがて諦めたように頭を左右に振った。
「……甲乙付けがたい、って事かな?」
「ふむ……マンゴスタは以前にも食した事があるが……臭いが無い分味わいは変わっておるが、どちらがどうとは言えぬのぅ」
「……これって、ひょっとして、拙いでしょうか?」
「あまり大っぴらにはせぬ方が良かろうな」
「だね。自分も同感だ」
とは言うものの、シュウイが自分で食べる分には問題無い。こうなると、タクマにマンゴスタを押し付ける計画は見直した方が良いか?
密かに悩むシュウイであったが、何気無く隣のテムジンに視線を巡らせた時にある事に気付く。
「そう言えばテムジンさん、弓の稽古の事ですけど」
「うん? シュウイ君の万力鎖が完成したら行こうと思っているが?」
「それなんですけど、明後日には新規参入組でごった返すんじゃありませんか? 情報が流れている分、訓練場も新人で溢れるかも」
「あ……」
「新規組が来る前に、一度くらい行っておかれるのも良いんじゃないかと」
「う~む……」
どうしたものかと悩むテムジンであったが……
「……いや、やはり万力鎖を優先しよう」
「僕の事なら、気になさる必要は無いですよ?」
「いや。お気遣いはありがたいが、こういうのは自分の性分でね。混雑が収まるまでは、特殊鋼でも弄くっておくさ」




