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神々の針(ステラ・ニードル)  作者: 山口遊子


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第4話 蒸発する虚城


地表から300メートル下。無数の鉄筋コンクリートの層と、特殊流体衝撃吸収ダンパーによって守られた中央統合体の不落の要塞「深層回廊」。


作戦室の空気は、フィルターを通した人工的な冷たさに保たれていた。重厚な革椅子に深々と腰掛けた最高指導者は、手元の水晶グラスに注がれた琥珀色のウイスキーを傾け、煙草の煙を緩やかに吹き出した。


「防衛幕僚長、同盟軍の動きはどうか」


「は。相変わらず、国境付近での威嚇的な演習運動にとどまっております。我が国の対空多層防御システムを前に、手出しはできんのでしょう」


幕僚長が自信に満ちた声で答えた。ホログラムモニターには、天都を取り囲む無数の自動迎撃砲台、大気圏外迎撃ミサイルサイロ、そして高エネルギーレーザー陣地の緑色のアイコンが、完璧なシールドのように整然と輝いていた。


「当然だ」と指導者は満足そうに目を細めた。「この深層回廊は、十メガトン級の核弾頭が直撃しても耐えうる設計になっている。たとえ天都の地上部分が灰燼に帰そうとも、我々はここから全軍に指揮を出し、世界を再構築できるのだ」


彼らは信じ切っていた。自分たちが地球上で最も安全な箱の中にいることを。


だが、彼らが誇る「強靭な装甲」と「多層防衛網」は、すべて斜め上、あるいは水平方向から飛来する通常のマクロ兵器に対して設計されたものだった。


垂直――真上、仰角90度。


高度1,200キロメートルの宇宙空間から、音速の数百倍で垂直に叩きつけられる「重金属ウランの極細プラズマジェット」に対し、300メートルの岩盤とコンクリートは、水気を含んだ薄い紙と同義だった。


超極超音速の流体貫通現象ヒドロダイナミック・ペネトレーション

秒速数百キロメートルを超えた物体同士の激突において、物質の分子結合力は完全に意味を失う。固体の装甲板も、超高密度のウランジェットの前では、ただの「抵抗のある液体」として力ずくで押し開けられる。


警報アラートは、鳴らなかった。


警報システムが「異常」を認識し、電気信号をスピーカーへ送るための数ミリ秒の間に、事象はすでに完了していたからだ。


――パシッ。


深層回廊の天井中央、最高指導者の頭上数メートルの位置に、小さな紫色の閃光が走った。


次の瞬間、音はなかった。


天頂から一直線に地殻を穿ち抜いてきた劣化ウラン・プラズマジェットが、作戦室の天井を突き破り、床へと貫通した。その光景は「爆発」というよりも、太陽の芯から切り取った光の針を、垂直に刺し通したかのようだった。


数百万度の超高熱と、数十万気圧の超高圧が、閉ざされた地下空間へ一気に解き放たれる。


「あ――」


指導者が口を開き、声になる前の空気を吐き出す猶予すら与えられなかった。


極太の光の針が通過した半径数メートル以内のすべての物質――重厚な作戦卓、超高精度のホログラムモニター、数十人の防衛幕僚、そして最高指導者自身――が、衝撃波が発生するよりも早く、一瞬で原子レベルで解離し、白熱する高熱ガス(プラズマ)へと蒸発した。


遅れて、物理法則に従って爆風と衝撃波が追いついてくる。


貫通孔の周囲のコンクリートが瞬間的に融解し、超高熱の溶岩となって周囲に吹き荒れた。地下要塞の内部圧力は狂気的な数値まで跳ね上がり、気化した人間の灰と重金属の蒸気を吹き出しながら、無数の階層を次々と底抜けに破砕していった。


深層回廊は、破壊されたのではない。

天頂から打ち込まれた熱線によって、文字通り「蒸発」したのだ。


地表の「天都」の市民たちが目撃したのは、神話の滅亡の光景だった。


突如として、何の前触れもなく、真昼の空から一本の太く青白い光柱が大気を切り裂いて降り注いだ。それはまるで、目に見えない巨大な神が、空から地上へ向けて一本の針を垂直に刺し込んだかのようだった。


光柱の周囲の空気がバチバチと激しい音を立てて紫色の光を放ち、メガアンペア級の巨大な稲妻が天都の摩天楼群へ向かって幾重にも枝分かれして叩きつけられる。


そして、光が消えた直後。


ドガラガーンッ!


大気を引き裂いた衝撃波が、一瞬遅れて地表を襲った。

超音速の衝撃波は天都のガラスというガラスを微粉砕し、高層ビル群の外壁をベリベリと剥ぎ取っていった。


だが、市民たちを真の恐怖に陥れたのは、爆撃の炎でも、崩れ落ちるビルでもなかった。


都市の中心――かつて「統合体司令部」が鎮座していた場所。

そこには、巨大なクレーターすら存在しなかった。


ただ、直径数メートルの、「完璧な円形をした深黒の穴」が、ぽっかりと地表に空いていた。


穴の縁は、超高熱でドロドロに溶けたコンクリートと鉄筋が、まるで火山の噴火口のように白熱した光を放ちながらズルズルと地下へ滑り落ちている。その孔は、地下数百メートルまでまっすぐに穿たれ、底が見えなかった。


「防衛システムは……? 迎撃レーザーはどうした!?」


地上の基地で事態を目撃した中佐が、狂ったように叫んでいた。


しかし、広大な防衛陣地に整然と並ぶ多層防衛システムの砲身は、すべて無傷のまま、静かに東の空(ミサイルの飛来が予想されていた方角)を向いたまま沈黙していた。


レーダー画面には、何も映っていなかった。

敵機も、ミサイルも、極超音速滑空兵器すらも。

彼らが何十兆という予算を投じて構築した不落の防衛網は、自分たちが攻撃されたことすら認識できていなかった。


「通信がつながらない! 深層回廊からの応答がありません!」

「予備司令部へ回せ! 最高指導者閣下をお繋ぎしろ!」

「ダメです! 地下ネットワーク回線が……物理的に遮断されています! 回線だけじゃない、地下要塞そのものが……存在しません!」


中央統治機構の消滅は、あまりにも唐突であり、完全だった。


「深層回廊」には、国家の全権限と、軍の暗号鍵、そして各地方部隊を統制するための司令部機能が集約されていた。それが一瞬にして丸ごと蒸発したことで、統合体という巨大な国家システムは、首を刎ねられた巨人のようにその場で崩壊した。


攻撃からわずか3時間後。


各地の軍管区の司令官たちは、狂乱状態に陥っていた。

「天都が消えた」という報せが届くものの、誰が次の指揮権を握るのか、敵が誰なのか、次の一手をどうすべきなのか、判断できる者が誰もいなかった。


「同盟軍の侵攻か!?」

「いや、国境の同盟軍は動いていない! 攻撃の兆候すら見せていない!」

「ならば、あの一撃は何だ!? 隕石か? 秘密兵器か? 我々は、どこへ反撃すればいいんだ!?」


反撃しようにも、ターゲットが存在しなかった。

空を見上げても、青い空と白い雲が広がっているだけだ。高度1,200キロメートルの宇宙空間で、すでに次の機体が静かに天都の上空へアプローチしていることなど、地上から知る術はなかった。


指揮系統を失った野戦部隊は補給を絶たれ、通信の途絶した各地の要塞は孤立した。

統合体が誇っていた圧倒的な「物量」は、それを統制する頭脳を失ったことで、ただの動かない金属の塊へと成り果てた。


パニックは全国に波及した。

「天都が、神の怒りによって消滅した」という尾ひれがついた噂が民衆の間に駆け巡り、暴動と略奪が主要都市を飲み込んでいく。


秩序を維持すべき警察も軍も、指示を出す上層部が消えたことで機能を停止していた。


経済的な結びつきや国際政治の駆け引きなど、気にする必要すら許されなかった。

戦争(対話の延長としての武力行使)が始まる前に、片方の「国家機能」そのものが、物理法則の実験結果のように綺麗に消去されてしまったのだから。


1週間後。


沿岸同盟の地上部隊が、一発の銃弾も撃つことなく、無人に等しくなった天都の境界線を越えて進駐を開始した。


天都の中心部に空いた「深黒の孔」は、1週間が経過した今もなお、地下からの微かな廃熱で蒸気を上げ続けていた。


進駐軍の兵士たちは、自分たちの最新型ライフルを構えながら、恐る恐るその孔を覗き込んだ。

そこには、かつて世界を震撼させた覇権国家の心臓部があったはずだった。


「これが……我々の投げた『針』の跡か」


進駐軍の隊長が呟いた。


彼らの頭上、雲の遥か彼方、高度1,200キロメートルの漆黒の宇宙空間では、残留した「11機」の小型衛星が、今も変わらぬ精密さで地球を周回し続けている。


太陽光パネルを仄かに輝かせながら、無音で、冷徹に。

次にその「針」を刺し込むべき新たな標的が、愚かな声を上げるのを待ち続けながら。



(完)





怖いのは現代の技術でこのステラ・ニードルを実装できるところです。

宇宙SF『銀河をこの手に! 改 -試製事象蓋然性演算装置X-PC17-』https://ncode.syosetu.com/n1044ii/ 第26話 大華連邦、惑星破壊兵器『五芒星』の現代版といったところでしょうか。

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