第97話 世界が消える五分前
警報音が鳴っていた。
塔全体を震わせる、低く重い警告音。
壁面を走っていた未来線が赤く染まり、一本ずつ消えていく。
⸻
白い観測者が即座に告げる。
⸻
「緊急初期化プロトコル起動」
⸻
「現世界、消去まで残り五分三十二秒」
⸻
リゼが叫ぶ。
⸻
「短すぎる!!」
⸻
カイは冷静だった。
⸻
「十分だ」
⸻
「どういうメンタル!?」
⸻
アリアは俺の腕を掴む。
⸻
「ユウト、動ける?」
⸻
「……動きます」
⸻
頭の中は整理しきれていない。
始まりの少年。
繰り返された試行。
上位存在の独断起動。
⸻
だが一つだけ分かる。
⸻
迷っている時間はない。
⸻
塔の天井が裂ける。
その上空に、巨大な円環が展開された。
世界初期化装置。
空そのものが白紙へ塗り替えられていく。
⸻
「手順を共有する」
白い観測者が言う。
⸻
「円環中心の基準核を停止すれば初期化は止まる」
⸻
「だが、防衛層が三重展開されている」
⸻
カイが問う。
⸻
「突破は?」
⸻
「困難」
⸻
「いつも通りだな」
⸻
リゼが笑う。
⸻
そのとき。
⸻
始まりの少年が俺を見る。
⸻
「……僕も行く」
⸻
全員が止まった。
⸻
アリアが即座に警戒する。
⸻
「信用できない」
⸻
少年は頷いた。
⸻
「当然」
⸻
「でも、あれは僕の作った仕組みだ」
⸻
「壊し方は知ってる」
⸻
沈黙。
⸻
俺は彼を見る。
退屈そうな顔の奥に、初めて焦りがあった。
⸻
「……裏切るなら?」
⸻
「その時は君が止めて」
⸻
即答だった。
⸻
俺は笑う。
⸻
「雑な信頼ですね」
⸻
「君もそういう顔してる」
⸻
少しだけ、似ていて腹が立つ。
⸻
「行きます」
⸻
アリアが俺を見る。
⸻
「本気?」
⸻
「ええ」
⸻
「……じゃあ私も監視する」
⸻
「助かります」
⸻
⸻
作戦は単純だった。
カイとリゼ、白い観測者たちが防衛層を押さえる。
俺とアリア、そして少年が中心核へ突入する。
⸻
「残り四分四十秒」
⸻
全員が走り出した。
⸻
塔の上層は崩れ続けている。
足場が消え、未来線が千切れ、過去世界の残骸が降ってくる。
⸻
リゼが前方へ飛び込み、拳を叩きつける。
⸻
ドンッ!!
⸻
第一防衛層、黒い観測者群が吹き飛ぶ。
⸻
「道あけた!」
⸻
カイが空間を固定し、崩落を止める。
⸻
「進め!」
⸻
俺たちは駆け抜ける。
⸻
第二防衛層。
無数の幻影。
アリア、リゼ、カイ。
倒れた仲間たちの姿が道を塞ぐ。
⸻
「精神干渉か」
少年が舌打ちする。
⸻
俺は目を閉じる。
⸻
「偽物だ」
⸻
存在の線を見る。
本物には積み重ねがある。
痛みも、癖も、温度もある。
⸻
線の薄い幻影だけを無視し、一直線に走る。
⸻
アリアが横で言う。
⸻
「成長したじゃない」
⸻
「誰のせいだと」
⸻
少しだけ笑える。
⸻
第三防衛層。
上位存在そのものが待っていた。
⸻
「逸脱個体、再分類」
⸻
「処分対象、全員」
⸻
巨大な圧力が落ちる。
膝が沈む。
⸻
少年が前へ出た。
⸻
「僕が相手する」
⸻
「君たちは核へ」
⸻
俺は叫ぶ。
⸻
「一人で抱えるな!」
⸻
少年は振り向かない。
⸻
「君に言われるとは思わなかった」
⸻
少し笑っていた。
⸻
「僕はずっと、一人でやって失敗した」
⸻
「だから今回は違う役をやる」
⸻
上位存在へ手を伸ばす。
⸻
世界中の未来線が、少年の背中に集まる。
⸻
「行け」
⸻
圧が弾けた。
⸻
道が開く。
⸻
俺とアリアは駆け抜ける。
⸻
「残り二分十一秒」
⸻
中心核。
それは、心臓のように脈打つ白い球体だった。
周囲に世界の記録が渦巻いている。
⸻
「止め方は!?」
⸻
少年の声が遠く響く。
⸻
「誰かが基準点になるんだ!」
⸻
嫌な予感しかしない。
⸻
白い観測者が補足する。
⸻
「核停止後、世界維持には新基準点が必要」
⸻
「適性最高値は――ユウト・カグラ」
⸻
アリアが息を呑む。
⸻
つまり。
⸻
俺が核に繋がれば、世界は残る。
その代わり。
⸻
この場所に縛られる。
⸻
「却下」
アリアが即答した。
⸻
「別案探す」
⸻
「残り一分三十秒」
⸻
探している時間はない。
⸻
俺は球体を見る。
街。
皆。
今日を始めた人たち。
⸻
選ぶしかない。
⸻
そのとき。
⸻
少年が血を吐きながら現れた。
⸻
上位存在を抑え込んだまま、笑っている。
⸻
「だから言ったろ」
⸻
「僕が壊して、君が生かす」
⸻
彼は球体へ手を伸ばす。
⸻
「継承権限、最終移譲」
⸻
俺に、無数の記憶が流れ込む。
92回分の願い。
失敗。
諦めなかった想い。
⸻
少年は言う。
⸻
「基準点になるのは、僕でいい」
⸻
「もともと始めたのは僕だ」
⸻
俺は叫ぶ。
⸻
「ふざけんな! お前だって――」
⸻
「十分やった」
⸻
初めて、穏やかな顔だった。
⸻
「君は君の世界へ帰れ」
⸻
「残り三十秒」
⸻
彼が核へ沈んでいく。
⸻
世界が白く光る。
⸻
俺は手を伸ばす。
⸻
届かない。
⸻
アリアが後ろから抱き止めた。
⸻
「……見届けて」
⸻
涙が出そうになる。
⸻
少年の最後の声。
⸻
「次は、初めての一回を生きろ」
⸻
光が弾けた。
⸻
第97話 完




