第95話 未観測経路
基底層は、音のない戦場だった。
斬撃も衝撃も、確かに起きている。
なのに響かない。
まるで世界そのものが、結果だけを記録し、過程を省略しているようだった。
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アリアが先頭を切る。
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ザンッ!!
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黒い観測者二体が同時に裂ける。
だが、その断面はすぐ再構成される。
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「再生早っ!」
リゼが蹴り飛ばしながら叫ぶ。
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カイが冷静に分析する。
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「個体撃破では意味が薄い。供給源が塔だ」
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白い観測者が補足する。
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「正確」
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「基準塔が未来線を供給し、防衛個体を維持している」
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つまり。
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塔を止めない限り、無限湧きだ。
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俺は未来線を見る。
塔から伸びる無数の供給線。
個体へ、空間へ、上位存在へ。
そして一本だけ、異質な線。
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塔の頂上から、どこにも繋がっていない線。
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未観測経路。
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「……あれか」
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上位存在がこちらを見る。
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「視認確認」
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「現行個体は到達してはならない」
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俺は笑う。
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「その言い方、行けって言ってます?」
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「誤認」
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アリアが俺の横に着地する。
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「見つけたのね」
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「たぶん勝ち筋です」
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「たぶん禁止」
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「今それ言います?」
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彼女は小さく笑う。
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「行きなさい」
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即答だった。
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「ここは私たちで押さえる」
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リゼが拳を振る。
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「主人公、走れ!」
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カイも短く言う。
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「最短で行け」
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白い観測者が手を上げる。
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「塔外壁の制御線を一時停止する」
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「三十秒」
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「短い!」
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「事実だ」
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十分だった。
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俺は走る。
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塔の壁面を駆け上がる。
足場はない。
だが未来線を踏めばいい。
まだ起きていない可能性を足場に変える。
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一歩。
二歩。
十歩。
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背後では激戦が続く。
アリアの斬撃が閃き、リゼの笑い声が響き、カイの衝撃波が空間を揺らす。
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その全部が、背中を押す。
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上位存在が手を伸ばす。
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「進行阻害」
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空間が凍る。
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俺の前の未来線が消えていく。
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「っ……!」
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落ちる。
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その瞬間。
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「前だけ見て!」
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アリアの声。
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振り向かない。
でも分かる。
彼女が斬った。
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凍結した空間が裂け、道が戻る。
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「借り一つ!」
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「高いですよ!」
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走る。
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塔の中腹。
そこに、黒金の執行官級が待っていた。
三体。
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「到達阻止」
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「排除開始」
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面倒すぎる。
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だが、止まれない。
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俺は手を伸ばす。
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存在干渉。
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三体の“役割線”に触れる。
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守る。止める。排除する。
与えられた定義。
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「ちょっと休んでろ」
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線をねじる。
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三体が同時に止まった。
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「……命令衝突」
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「……優先順位喪失」
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そのまま互いに牽制し始める。
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リゼが下から叫ぶ。
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「えぐ!」
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カイが淡々と一言。
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「便利だな」
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さらに上へ。
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塔の頂上が近づく。
未来線の密度が増す。
視界が白む。
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そこにあったのは――
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扉。
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単純な、木製の扉だった。
世界の基準塔の頂上に、あまりにも場違いなほど普通の扉。
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「……なんだこれ」
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上位存在の声が初めて強くなる。
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「開くな」
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即答だった。
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俺は笑った。
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「分かりやすい」
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ノブに手をかける。
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その瞬間、全身に圧がかかる。
塔全体が拒絶してくる。
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「現行個体に権限なし」
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「だから?」
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押し切る。
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「俺、そういうの守ったことないんで」
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扉が開いた。
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中は、小さな部屋だった。
机が一つ。
椅子が一つ。
窓の外には、無数の世界。
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そして。
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机に座る少年。
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中学生くらい。
退屈そうな顔。
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……俺だった。
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「やっと来た」
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息が止まる。
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「……誰だ」
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少年は肩をすくめる。
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「最初の前」
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「君たち全員の、原型」
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頭が真っ白になる。
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下でアリアたちが戦っている気配がする。
でも、世界がここに集まっていた。
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少年は窓の外を見る。
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「僕が退屈で作ったんだ」
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「選べる世界を」
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「でも人はすぐ壊す」
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「だから繰り返して、マシな答え探してた」
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怒りより先に、寒気がした。
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たったそれだけで。
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無数の人生が、試行された。
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俺は低く言う。
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「……迷惑すぎるだろ」
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少年は初めて少し笑った。
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「うん」
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「だから、止めに来たんでしょ?」
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沈黙。
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俺は拳を握る。
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最終決戦の相手は、怪物じゃない。
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始まりの、俺だ。
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部屋の外で、塔全体が軋む。
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上位存在が叫ぶ。
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「接触中断!」
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少年は立ち上がる。
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「じゃあ、最終試験をしよう」
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その目は、俺そのものだった。
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「君が本当に僕と違うなら」
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「この世界を、終わらせずに終わらせてみせて」
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部屋が閉じる。
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塔全体が戦場へ変わる。
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俺は息を吐く。
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未観測経路。
その先にいたのは、誰も見たことのない敵だった。




