第94話 世界の外へ
夜明けだった。
街の東から昇る光が、ビル群の窓を順に染めていく。
何も知らない人々が目を覚まし、今日を始めようとしている。
その“今日”を守るために。
俺たちは、世界の外へ行く。
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屋上中央。
白い観測者が構築した接続陣が、巨大な光輪となって回転していた。
幾何学模様のようでいて、生き物の脈動にも見える。
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「基底層への通路を開く」
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白い観測者が告げる。
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「接続可能時間、限定的」
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「帰還保証、なし」
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リゼが即答した。
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「毎回言い方が暗い!」
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カイは装備を確認しながら言う。
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「事実だ。嫌いじゃない」
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「そっちも暗い!」
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少し笑いが起きる。
緊張をほどくには十分だった。
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アリアが俺の前に立つ。
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「体調」
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「たぶん大丈夫です」
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「たぶん禁止」
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「……良好です」
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「よろしい」
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そのまま、俺の襟元を整える。
何気ない仕草なのに、心臓に悪い。
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「今さら緊張してる?」
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「少しだけ」
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「嘘」
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見抜かれている。
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「かなりです」
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彼女は少しだけ笑った。
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「私も」
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珍しい本音だった。
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俺は息を吐く。
怖いのは自分だけじゃない。
それだけで、足が前に出る。
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白い観測者が手を上げる。
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「通路、開放」
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空間が裂ける。
だが今までの裂け目とは違う。
そこには“景色”がなかった。
色も奥行きも法則もない、白と黒の狭間。
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「うわ、酔いそう」
リゼが顔をしかめる。
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「進むぞ」
カイが先に踏み込む。
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俺たちも続いた。
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世界の外は、音がなかった。
足音も、呼吸音も、心音さえ遠い。
それなのに、確かに歩いている感覚だけはある。
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周囲には無数の球体が浮かんでいた。
小さな星のように見えるそれぞれが――
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「試行世界」
白い観測者が言う。
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「過去に廃棄された世界群」
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息を呑む。
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球体の中には景色が見えた。
滅びた街。
誰もいない学校。
空が崩れた世界。
平和だが、人の目から光が消えた世界。
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「……全部、失敗作?」
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「表現としては近い」
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拳を握る。
人の人生が、世界ごと“失敗作”扱いされている。
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アリアが俺の手に触れる。
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「今は見るだけ」
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「……はい」
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進む。
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やがて、巨大な塔が見えた。
何本もの未来線で編まれた、天まで届く柱。
基底層の中心。
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「基準塔」
白い観測者が告げる。
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「ここで世界の初期化が実行される」
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カイが低く言う。
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「分かりやすく、壊すべき場所だな」
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「短絡的」
白い観測者が返す。
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「嫌いじゃない」
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少しだけ、二人の距離が縮んでいた。
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だが、その塔の前に。
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無数の黒い観測者が並んでいた。
前回の執行官級が、十体以上。
そして中央に、上位存在。
“未定義の色”のまま、静かに待っている。
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「到着確認」
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「予測誤差、許容範囲」
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俺は前へ出る。
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「待ち伏せって、趣味悪いですね」
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「効率的だ」
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リゼが舌を出す。
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「会話つまんないやつ」
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上位存在は続ける。
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「現行個体へ最終勧告」
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「継承核を提出し、試行終了を受諾せよ」
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「拒否した場合、現世界は廃棄」
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静寂。
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俺は空――いや、世界の外の虚空を見る。
背後には皆がいる。
街がある。
今日を始めた人たちがいる。
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「……断ります」
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即答だった。
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「理由」
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「そこにいる人たちが、今日を始めちゃったんで」
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沈黙。
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「非合理」
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「知ってます」
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アリアが隣に並ぶ。
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「長話は終わり?」
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「ええ」
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剣が抜かれる音。
それだけで十分だった。
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リゼが拳を鳴らす。
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「派手にいこうか」
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カイが構える。
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「正面突破だ」
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白い観測者が俺の横に立つ。
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「共同戦線、継続」
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俺は笑う。
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「頼りにしてます」
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上位存在が手を上げる。
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「防衛機構、起動」
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黒い観測者軍勢が一斉に動く。
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その瞬間。
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「行くぞ!!」
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俺の声で、全員が駆け出した。
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アリアが先頭で斬り裂く。
リゼが側面を崩し、カイが空間を砕く。
白い観測者が制御線を妨害する。
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俺は塔を見る。
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この戦いは、ただ勝つだけじゃない。
繰り返しそのものを終わらせる戦いだ。
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未来線が無数に見える。
敗北の線。
犠牲の線。
初期化の線。
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その中に、一本だけ。
細く、まだ誰も踏んでいない線がある。
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「……見つけた」
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俺はその線へ手を伸ばした。
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上位存在が初めて声を変える。
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「注意」
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「それは未観測経路だ」
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俺は笑う。
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「だから行くんですよ」
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世界の外で。
誰にも決められていない未来へ。
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最終決戦、開始。




