第93話 明日、世界が終わるとしても
夜は静かだった。
あまりにも静かで、逆に不自然だった。
街はいつも通りに光り、人は笑い、電車は走っている。
誰も知らない。
明日、この世界が“初期化”されるかもしれないことを。
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屋上。
いつもの場所。
だが、今日は誰も軽く座っていなかった。
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リゼが缶コーヒーを両手で持ちながら言う。
「……で、世界終了まであと何時間?」
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白い観測者が即答する。
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「上位存在の再接続予測は、十七時間二十二分」
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「細か」
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リゼが顔をしかめる。
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カイは端末を操作しながら言う。
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「時間は十分じゃない。だがゼロでもない」
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アリアは黙って街を見ていた。
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俺も、同じ景色を見る。
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普通の夜景。
コンビニの灯り。
遅くまで働く人。
誰かを迎えに行く車。
喧嘩して仲直りするカップル。
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不完全で、雑で、面倒で。
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でも、いい世界だ。
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「……守りたいですね」
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思わず漏れた言葉に、アリアが小さく頷く。
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「ええ」
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白い観測者が前に出る。
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「対抗手段を共有する」
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空中に無数の線が浮かぶ。
未来線。制御線。世界構造図。
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「上位存在は“世界の基準点”を掌握し、初期化を実行する」
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「ゆえに、基準点の奪取または破壊が必要」
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カイが目を細める。
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「場所は」
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「世界外縁・基底層」
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リゼが即座に突っ込む。
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「分かりやすく言って」
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「空の向こう」
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「雑!」
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少しだけ笑いが起きる。
張り詰めた空気が、わずかに和らいだ。
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俺は聞く。
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「勝率は?」
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沈黙。
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白い観測者は正直だった。
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「低い」
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「数値化不能」
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「過去成功例ゼロ」
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リゼが肩をすくめる。
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「いつも通りじゃん」
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カイが言う。
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「なら、初成功例になるだけだ」
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その一言で、少し呼吸が楽になる。
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準備は始まった。
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カイは装備と現実側アンカーの調整。
リゼは都市防衛チームの編成。
白い観測者は接続経路の構築。
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俺は――
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何も手につかなかった。
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屋上の端で空を見上げる。
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もし負けたら。
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この日常は消える。
皆の記憶も、積み重ねも。
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また“次の試行”にされる。
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そのとき。
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隣に気配。
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アリアだった。
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「逃げたい顔してる」
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「そんな顔ですか」
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「かなり」
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正直すぎる。
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俺は苦笑した。
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「……少しだけ」
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「珍しい」
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「世界の命運って重いですね」
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アリアは少し考えてから言った。
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「背負わなくていい」
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「え?」
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「世界全部なんて、背負えるわけない」
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彼女は夜景を見る。
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「私は、あなたと皆がいればいい」
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胸が詰まる。
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「スケール小さくないですか」
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「現実的よ」
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思わず笑ってしまう。
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たぶん、そういうところに救われてきた。
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しばらく沈黙。
風だけが吹く。
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やがてアリアが小さく言う。
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「……もし」
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珍しく、迷う声だった。
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「明日、全部終わって」
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「あなたがまた忘れても」
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俺は黙って聞く。
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「今度は、私から言う」
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真っ直ぐ前を向いたまま。
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「何回でも」
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その言葉に、胸の奥が熱くなる。
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「……ずるいですね」
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「なにが」
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「絶対負けられなくなる」
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アリアがやっとこっちを見た。
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「最初からでしょ」
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その通りだった。
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深夜。
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全員が再集合する。
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リゼが大量のコンビニ袋を置く。
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「最後の晩餐!」
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「縁起悪い」
俺が言うと、
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「勝つ前提の打ち上げ前夜祭!」
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言い直した。
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カイは呆れながらも箸を取る。
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白い観測者は少し離れて立っていた。
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「食事行動を観察」
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リゼが手招きする。
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「こっち来なよ」
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「不要」
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「経験値ゼロか」
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無理やり椅子に座らされる白い観測者。
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なぜか自然だった。
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俺はその光景を見て思う。
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こんな時間が、たぶん一番強い。
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理屈じゃない。
効率でもない。
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でも、守る理由になる。
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夜明け前。
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空が少し白み始める。
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白い観測者が告げる。
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「接続準備、完了」
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「上位存在再接続まで、残り二時間」
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誰ももう迷わなかった。
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俺は立ち上がる。
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「行きましょう」
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アリアが隣に並ぶ。
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「ええ」
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リゼが笑う。
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「世界救済とか初めてなんだけど」
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カイが短く答える。
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「俺もだ」
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白い観測者が一歩前へ出る。
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「初成功例を開始する」
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朝日が昇る。
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明日、世界が終わるとしても。
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今日、俺たちは抗う。
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第4部。
最終決戦前夜、完了。




