第78話 救ったはずの歪み
夜は、静かだった。
あの日から数日。
街は平穏を取り戻し、ダンジョンの発生も落ち着いている。
――少なくとも、表面上は。
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「……また見てるの?」
アリアの声。
屋上。
いつもの場所。
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俺は頷く。
「はい」
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空の奥。
見えないはずの“線”。
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今ははっきりと分かる。
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世界と世界を繋ぐ構造。
人の行動や選択が、どこに流れていくのか。
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「……便利、なんですけどね」
俺は小さく呟く。
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そのとき。
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一つの“流れ”が目に入る。
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小さなダンジョン。
新人探索者。
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追い詰められている。
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「……またか」
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俺は手を伸ばす。
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ほんの少しだけ。
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流れを変える。
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“勝てる未来”へ。
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「……やめて」
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アリアの声。
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だが。
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一瞬、遅い。
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干渉。
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その瞬間。
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遠くで。
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戦いが変わる。
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新人探索者が勝つ。
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俺は息を吐く。
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「……大丈夫です」
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だが。
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違和感。
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小さなズレ。
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「……ん?」
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“線”が歪んでいる。
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勝ったはずの流れが、不自然に曲がっている。
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そのとき。
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別の場所。
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突然、事故が起きる。
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トラックが横転。
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無関係な人間が巻き込まれる。
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「……は?」
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俺は固まる。
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“繋がっている”。
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さっきの干渉と。
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「……まさか」
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理解する。
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一つの流れを変えたことで。
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別の場所に歪みが生まれた。
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「……代償」
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カイが低く呟く。
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「バランスを崩したな」
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リゼが顔をしかめる。
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「ちょっと待って、それ……」
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俺は空を見る。
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“線”が見える。
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歪んでいる。
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無理やり曲げた部分が。
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軋んでいる。
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「……戻す」
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俺は手を伸ばす。
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今度は。
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歪みを修正する。
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だが――
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「……遅い」
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事故は、もう起きている。
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“確定”している。
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「……っ!」
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俺は歯を食いしばる。
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「……なんでだ」
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助けたはずだ。
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正しいことをしたはずだ。
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なのに。
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別の誰かが傷つく。
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そのとき。
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声が響く。
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「……観測」
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あの存在たち。
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「干渉確認」
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「歪み発生」
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「予測通り」
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俺は顔を上げる。
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「……お前ら」
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怒りが込み上げる。
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「知ってたのか」
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沈黙。
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だが。
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答えは来る。
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「均衡は必ず保たれる」
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「一つを救えば、一つが崩れる」
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冷たい事実。
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俺は拳を握る。
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「……そんなの」
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納得できるか。
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アリアが前に出る。
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「……だから言ったでしょ」
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静かに。
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「使い方、間違えないで」
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その言葉。
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痛い。
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だが。
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逃げられない。
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俺は息を吐く。
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「……じゃあどうすればいい」
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問い。
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初めて。
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迷う。
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“それ”が答える。
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「選べ」
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「すべてを救うことはできない」
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「だから」
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「何を残すか決めろ」
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残酷な選択。
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俺は目を閉じる。
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思い出す。
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戦ってきたこと。
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守ってきたもの。
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そして。
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手の中。
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アリアの温もり。
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「……俺は」
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目を開く。
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「勝手に決めない」
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その言葉。
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“それ”がわずかに揺れる。
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「……非効率」
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俺は続ける。
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「でも」
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「誰かの代わりに選ぶのは違う」
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沈黙。
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アリアが小さく言う。
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「……甘い」
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だが。
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その目は。
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否定していない。
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俺は空を見る。
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歪んだ“線”。
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まだ残っている。
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「……これ」
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小さく呟く。
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「自分で直します」
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逃げない。
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責任を取る。
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その瞬間。
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空気が変わる。
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観測者たちの“視線”。
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興味が、増す。
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「……選択確認」
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「継続観測」
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第4部。
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本当の意味での戦いが始まる。
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第78話 完




