第346話 欺瞞と天秤と選択と
「君が……無事で良かった」
一樹の口から漏れた呟きに、御堂の「口に出すまい」と思っていたはずの感情が噴き出してしまう。
「教官は、あたしと玲をイルドラ軍に売ったんですか?」
売った……とは「イルドラ軍の計画に加担したのか」と言う意味だ。御堂の中には「一樹教官は、騙されていただけかも知れない」との思いもあったし、そう答えて欲しかった。
「そうだね」
短く答えた後、一樹は俯いて沈黙する。御堂も目を伏せて、再び二人は沈黙した。沈黙を破ったのは、一樹である。
「帝国とイルドラが、不仲なのは知っているよね。いつ戦争になってもおかしくない状況だった」
それは御堂も知っている。一樹の言葉に、御堂は小さく頷いた。
「新型機の完成で、その緊張は頂点だったんだよ。イルドラ侵攻のために新型機を開発するのではないか……そう考えている者が、イルドラにもいたんだ。新型機の情報を流すのは、そんな緊張を僅かでも緩めたいと思ったからだ。相手が同等の新型を開発したら、帝国だって無闇には戦争を仕掛けられないはずだしね」
御堂は黙って、一樹の声を聞いていた。
「ナーガオウ州軍が、帝国とイルドラの仲介役を買って出てくれた時……私は喜んだんだ。少しでも両国の関係が良くなればと思ってね。でも、それは異なる目的に利用されてしまった」
三軍合同演習そのものが、最初から「新型機奪取」のために計画されたものかも知れないのに……との疑問は、御堂も口に出さなかった。
「新型機と自分の教え子二人の命を、私は戦争と天秤にかけたんだ。そして、戦争を避ける方に賭けることを選んだ」
戦争を避ける方に賭ける……一樹の言葉は、御堂にはとても空虚に聞こえた。同時に、一樹に抱いていた尊敬の念が、溶けるように消えてゆく。
面会用のブースを出て、御堂はエリカを待たせている西門のロビーに向かう。
(そうだ。イルドラがいるんだった)
嵯峨州解放戦でも、第3戦団には「トーチス傭兵団」に偽装したイルドラ軍の支援部隊が送られていた。
(ペルセウス型だったんだよね)
S33中継基地を襲撃したのは南部方面軍と言うが、あれもイルドラ軍の支援による戦力だった可能性はある。
一樹の選択は、結果的には帝国とイルドラ公国との戦争を決定づけてしまったと言うべきだろう。
(あれ?)
ふと気付いてしまう。第3戦団と内戦になることに痛んだ心が、イルドラ公国との戦争には痛まないのだ。
(あたし、イルドラを憎んでる?)
自らに問いかける。
御堂はそれを肯定せざるを得なかった。




