第337話 胸と人の器?
「……違う……」
ただ、戦いを止めたかっただけ……と言いたかったが、その言葉を発する時間は与えられなかった。即座に席を立った刀自古は、レジに向かう。刀自古の背中を追いかけようとした御堂の傍に、カフェのウエイトレスがタオルを持って走って来た。
コーヒーを浴びた顔を拭いてくれるウエイトレスを撥ね除けられないでいる間に、刀自古は会計を済ませてカフェを出て行ってしまう。
(……怒らせちゃった)
カフェの支配人が、スタッフルールの更衣室とシャワーを使わせてくれると言う。簡易ユニット式のシャワーに入って、服を脱ぐ。
「婚約者を殺そうとした連中と話し合え……なんて言ったら、怒るよね」
御堂の解釈の中では、刀自古はまだ「玲の婚約者」だった。シャワーの水流を頭から浴びて、顔や髪のコーヒーを流しながら御堂なりに反省する。
決して、テロを容認するつもりはなかった。
「前にも、誰かに似たようなことを言われた気がするな」
御堂の脳裏に、ルージュピーク演習場の工廠施設から一人で立ち去る入鹿玲の背中が思い出される。あの時、入鹿玲に言われた言葉だ。
『それは、何十万人の命や財産を盾に取った脅迫に屈することを意味します』
これから「お互いの妥協点」を定めたら、相手は「テロによって譲歩を勝ち取った」との成功体験を与えてしまうことになる。刀自古や射流鹿の言う通り、それはテロに屈したのと同じかも知れない。
それでも迷惑料を上乗せした支払いで、カフェとの話は刀自古がつけてくれていた。刀自古は真っ直ぐ皇城府のある不死鳥京へ帰るだろうから、御堂も不死鳥京へ戻って謝罪のために安全保障局を訪ねようと思う。
鈍い御堂でも、刀自古が不機嫌になるのは当然だと思えた。刀自古のツテで、月夜見に面接を取り付けて、それを勝手にキャンセルして帰ろうと言い出したのだ。不機嫌になっていたところで「婚約者が殺されかけたのは気にするな」的な発言をしたことになる。
「相楽行政官に、ちゃんと謝らないと……」
機嫌を損ねないために「玲との婚約を祝福しよう」とも考えたが、それは癪に障る。実は、御堂もナーガオウ州議事堂包囲戦の直前に「胸の駄肉」と言われたことを根に持っていた。
「絶対に。相楽行政官の、あたしに対する辛辣さは『胸に対する嫉妬』もあるんだよね。玲がマザコンだから、警戒するのもわかるけどさ……人間の器が、胸と一緒で小さいんだよ!」
入鹿玲がマザコンだったのだから、日嗣皇子もマザコンである……の論理は、御堂の中では揺るがない。
-第九章 終わり-




