第325話 会談の事後
東城准将の手を離し、それから御堂の左手を振り払った射流鹿は、そこでようやく御堂の顔を見据えた。射流鹿と御堂の視線が交錯する。
ルージュピーク演習場で、GV3Xに一人で乗り込む後ろ姿が、御堂が「入鹿玲」を見た最後だった。あれから1ヶ月余りが過ぎている。
できる限り平静を装って「お久しぶり」と言おうとした御堂だったが、射流鹿の顔を見た途端に嗚咽が込み上げてきた。涙が溢れ出して、声を出そうにも言葉にならない。
思わず……顔を両手で覆って、その場に蹲ってしまう。流れ出る涙が止まり、バクバクと音を立てていた心臓が落ち着くまでどれ程の時間が過ぎたか。
顔を上げると、そこには呆れたかのように御堂を見下ろす射流鹿が立っていた。
(黙って待っていてくれたんだ)
立ち上がりながら、涙を拭くためのハンカチを探したが、ラインゴルド兵に渡された作業員用のジャケットにはなかった。指で涙を拭っているのを見かねた月夜見が、パイロットスーツの襟元に巻いてあったスカーフを手渡してくれた。
「ありがとうございます」
ようやく落ち着いた御堂の声は、他者にも聞き取れるようになっていた。仮面から見えている口元が笑っている。それが気恥ずかしくなって、またスカーフに顔を埋めてしまった。
「全く、貴女と言う人は……」
そこで射流鹿は言葉を切った。そのまま踵を返すと、一人で歩き始めてしまう。暫し、その背中を見ていた月夜見は、チラリと御堂の顔を覗き込んでから射流鹿の後を追って歩き始めた。
「あ!」
玲に会ったら、言わなければならないことが山ほどある!
そう心に決めていたはずの御堂だったが、結局何も言えなかったことに気付く。もちろん、あの日嗣皇子が「入鹿玲」であるとは想像もしていなかった。
しかし、御堂の記憶の中にあった「入鹿玲」は、日嗣皇子の立場にあってもそのままだった気がしていた。
少しずつ小さくなって行く、金糸の縁取りのある黒不死鳥の紋章を見送りながら、御堂はほんの少しだけ気分が満たされたような気がしていた。
ラインゴルド傭兵機団が仲介した、第3戦団中央本部・東城准将と第4戦団統括司令官・羅侯射流鹿との会談は終了した。
奇襲攻撃に失敗した第3戦団南部方面軍は、陸上戦艦3隻と重甲機兵12機を失ったが、ラインゴルド嵯峨州派遣部隊もS33中継基地およびターミナルビルに被害を受けた。
東城准将には、第3戦団中央本部に宛てた『S33中継基地およびターミナルビル被害に関する補償金支払い』の請求書を持たせることになる。




