第324話 お節介?
「玲!」
女の、少し掠れた大声が響いた。その声の大きさに、東城准将と柳沢大佐、そしてカイザーが声の方向に振り返る。
……ハァ
……ハァ
息を切らし肩を大きく揺らして、作業員用の緩いジャケットを羽織っただけの女が立っていた。ジャケットの前のファスナーが閉じられておらず、下に素肌が見えているが、女は一切気にしていない。
女の目に映っているのは、青い軍服の後ろ姿だけである。背中には金糸で縁取られた黒い不死鳥の紋……皇族だけが身に付ける紋章である。
入鹿玲の名前は、既に射流鹿の記憶から忘れ去られている。女が呼んだのが自分であるとは想像しない射流鹿は、そのまま歩き去るつもりだった。
「射流鹿、後ろだ」
射流鹿の前で立ち止まった月夜見が、小さく顎で、ある方向を示す。その方向に目をやった射流鹿は、小さくため息をつく。
その場に、御堂咲耶と言う女がいる理由を、射流鹿は即座に理解できた。御堂に向けた視線を、ゆっくりと格納庫近くに蹲るA級0061機に移す。
戦斧で激しい殴打を受けた機体は、バックパックが完全に壊れている。ひしゃげた肩部装甲も、交換する必要があるだろう。
「貴女……でしたか」
御堂であれば、生身の人間がその場にいたら、身を挺して庇うだろう。A級0061機が、1人だけで暴走していた東城准将を必死に守っていたことが妙に納得できた。
……とは言え。
A級0061機は、再び本庄郷の基地で修理して貰うことになりそうだ。第4戦団の編成が遅れることと、皇城府の父・水蛭鹿帝に更なる「お願いする」ことを考えると気が重くなる。
「玲が……日嗣皇子だったのね」
その問いかけの声は聞こえはしたが、射流鹿は返事をするつもりはなかった。射流鹿には、御堂と話すことは何もない。そのまま振り返って、その場を立ち去ろうとした。
しかし、その前に御堂の左手が、射流鹿の右手首を掴んだ。そして、右手首を掴んだまま、御堂は射流鹿を引っ張る。
カイザーの前を横切って、東城准将の方へ射流鹿を引っ張っていく。
「東城准将、だったわよね!」
御堂は、右手を伸ばして東城准将の右手首を掴む。そして、射流鹿の右手に、東城准将の右手を握らせた。
「折角の会談だったんでしょう。せめて、最後は握手でお別れするのが礼儀ってもんよ」
射流鹿と右手と東城准将の右手は、御堂に手首を握られながらも握手の形をとった。
「!」
不意のことに目を見開いて驚く東城准将……一方の射流鹿は、無表情なままその手を振り払う。時間して一秒足らずの握手だった。




