第322話 会談の10分間
日嗣皇子が発した「西方域は帝国には不要」の言は、不用意に口を滑らせたに違いないと東城准将は判断していた。
「日嗣皇子と言えど、それは聞き流せる発言ではない。撤回なさるべきではないか」
「何故、撤回するべきと言われるのですか」
平然と答えた日嗣皇子に、東城准将は奥歯を噛みしめる。
「そもそも我ら第3戦団が西方域を守護するのは『西方域の民を守らん』とする水蛭鹿帝の勅命を受けてのことである!」
東城准将は、その語尾に特に力を込めた。
「武人の力とは、武器を持たぬ民間人を守るために振るわれるべきもの。武人の誉れ高き水蛭鹿帝は、それを承知すればこそ、西方域の守護を第3戦団に委ねられたのだ。都市と民を蔑ろにするかの如き言は、貴方様の日嗣たる資質にも疑問を感じざるを得ない」
既に「煽て上げて隙を誘う」との目論見は忘れている。第3戦団の存在価値を否定された憤りが、彼の口を動かしていた。
一方で柳沢大佐は、完全なる敗北を悟っていた。
『周防崎統括司令より帝に宛てた親書を、日嗣皇子に託す』
それが、この会談に望んだ第3戦団中央本部の主旨である。
しかし、日嗣皇子が会談を承諾したのは、ラインゴルドに仲介料を受け取らせるためであり、本意としては会談を望んではいない。
『会談はするが、親書は受け取らない』
それが日嗣皇子の主旨である。
東城准将の為人を分析し、思惑通りに事を運ぶ流れを計画していたのだ。
南部方面軍の襲撃を予測し、東城准将の眼前で、その生存者を処刑する……大崎中佐の遺体を足蹴にして見せたのも、激しやすい東城准将を煽るための演出だったのだろう。
そして、遂には最悪の発言を誘導した。
『日嗣たる資質にも疑問を感じざるを得ない』
日嗣皇子の帝位継承権を否定するかのような発言は『日嗣皇子暗殺を企てた南部方面軍に同調した』とも解釈される可能性がある。
「時間です」
カイザーにより、会談の終了が告げられた。日嗣皇子の後ろに立つ月夜見の口元が微かにつり上がるのが、柳沢大佐には見えた。
カイザーが日嗣皇子に歩み寄り、会談前に預かった軍刀を渡した。
軍刀を受け取った日嗣皇子が、静かに踵を返す。
「……」
何の反論もせずに背中を向ける日嗣皇子に、肩透かしをされたように感じながらも、東城准将は懐から封印された親書を取り出す。
「待たれよ。まだ、肝心な用件が残っていよう」
日嗣皇子の背中を追おうとした東城准将を、カイザーが止める。
「約束の10分は、経過しました」




