第320話 勝利の女神の寵愛
その声は、東城准将の声を掻き消した。副官の唐突な大声に、東城准将も次の言葉を飲み込んだ。
「先制攻撃を行ったのは南部方面軍の独断であり、第3戦団ではありません。上部組織として管理不行き届きは認めますが、先の発言の一部を訂正することをお願い申し上げます」
「訂正しましょう。先制攻撃を仕掛けてきたのは南部方面軍です」
日嗣皇子の顔が、微かに歪んだように見えたが、柳沢大佐は安堵のため息をつく。背中にぶつかっている東城准将に、顔を向けると柳沢大佐は小さく頭を下げる。
「大声を出してしまい、失礼しました」
「……うむ」
柳沢大佐の機転により、多少とも冷静さを取り戻した東城准将は、再び日嗣皇子に視線を移す。
「ナーガオウ州議事堂包囲戦と言い、今回の戦いと言い、自軍の重甲機兵に1機の損害も出すことなく勝利を収めた軍才には敬服致した」
まずは、煽てあげることだ……と東城准将は、話の向きを変える。
「軍神とも言われる父・水蛭鹿帝の血を引くだけでなく、その才覚をも継承しておられる。いや、勝利の女神からの愛されようは、水蛭鹿帝以上の寵愛を受けていると思える」
この時、東城准将の言に対し、日嗣皇子の双眸に「不快の色」が浮かぶのを読み取ったのはカイザーと月夜見だけだった。
……勝利の女神の寵愛
カイザーは、日嗣皇子の後ろで月夜見が笑いを押し殺しているのに気付く。未熟者のベルーナが踏んだ地雷を、ここでもう一度踏む者がいるとは何の笑い話かと思っているだろう。
東城准将が、自らの交渉相手をよく観察していれば、その発言の直後に何かが変化したことに気付けたはずである。
東城准将の期待が、完全に崩壊するのを予想した。
「その寵愛を信ずるからこそ、日嗣皇子麾下の兵士は安心して戦えるのだろう。しかし、近衛軍の兵とは、日嗣皇子直轄の者だけに限られるのではない」
東城准将の思惑として「父である水蛭鹿帝を称え、それ以上の資質を備える」と煽て上げる、そして機嫌の良くなった隙をついて上手く譲歩を取り付けるつもりだった。
「日嗣皇子とは次代の帝を継ぐべき者。更に、第4戦団の統括司令たる職を得た今は、皇城府の中枢に身を置く存在となった。ただ、力を誇示するだけではなく、時として寛容を示すことも必要かと愚考する次第である」
「愚者に寛容を示す必要はありません。愚考と承知なら、口を噤む方がマシですよ」
「何だと?」
日嗣皇子の冷ややかな物言いに、思わず東城准将の口調は荒くなる。




