第290話 未調整の機体
青柳と奥永主任の打ち合わせは手短に終わった。ヘッドセットの音声が切り替わり、Cユニットの音声入力がオンになる。
「改めて問います。Sユニットの指示に完全服従できますか?」
御堂の頭の中で、青柳の声がネロの声に被って響いていた。
『無理ですよ』
ネロの命が失われた直後に見た悪夢が、御堂の脳裏でよみがえる。
赤塵の丘に立つネロが、その両手を顎に添える。ネロの首から上がゆっくりと持ち上がり、そして胸の高さに下ろされる。
『……こうなってしまいますから』
首から上には、何もないネロの身体……ネロの首は、胸元で両手に抱えられている。ネロの口元で口角がつり上がり、その双眸が恨めしそうに御堂に向いた。
……こうなってしまいますから
……こうなってしまいますから
……こうなってしまいますから
悪夢の中でのネロが言葉が、耳元で繰り返されるようだった。
嵯峨州解放戦、西門での最終決戦。
『後退して下さい、間もなく戦闘モードは強制解除されます!』
『その前に勝ちます!』
これが、現実でネロと交わした最後の会話だった。優秀なSVであったネロは、GV3Xの全てを正確に把握していたはずだ。
……その前に勝ちます
そう言えた自信は何だったのだろう。第2戦団最強の2番機が、左腕を失っていたとは言え、捨て身の覚悟を決めてようやく勝利できた相手である。
バッテリーが持ったとしても、勝てた保証はない。その時でも、ネロは御堂を生かすために自らを犠牲にしたに違いない。
青柳の声がネロの声と重なった気がした時、御堂は固く目を閉じていた。
ようやく心の整理をつけて、御堂は双眸を開いた。視界に、補助灯に照らされたCユニットの計器が映る。御堂は、右手を伸ばして補助灯を消した。
「了解です。Sユニットの指示に従います」
「約束しましたよ、御堂准尉」
Cユニットのメインモニターが点灯し、重甲機兵の機械眼球が捉える映像が映る。その明かりでCユニットが照らされた。
「機体の運動制御をCユニットへ委譲後、直ちに戦闘モードに移行します」
青柳の声と共に、Cユニットの計器に一斉に灯が入る。
脳が軽く揺さぶられるような感覚がするが、その直後に重い荷物を背負ったような怠さが身体を包み込んだ。
(うわ……さすがに未調整の機体は重い)
腕を上げるだけでも、まるで水の中で動かすような抵抗感がある。機体とパイロットが適切に同調していれば、このような感覚はなく、機体はもう一つの身体として動かせる。
未調整の機体で出撃するリスクを、ようやく御堂は実感する。




