第271話 焦燥感
帝国において、帝の存在を知らない者はいない。
しかし、存在することは知られていても、帝の姿を見た帝国民は極めて限られる。それは、日嗣皇子に関しても同様である。更に日嗣皇子に関しては、過去の暗殺未遂事件があったため、容姿も安全保障局の機密扱いになっている。
東城准将も、日嗣皇子とされる存在を目にするのは初めてである。
しかし。今こちらに向かって歩いてくる存在を、日嗣皇子と信じるのは十分だった。
皇城近衛軍で行われる式典に、希に帝と太后が出席することがある。その時に見た太后と同じ顔をしているのだから。
「噂には聞いていたが、これほど似ているとはな」
同時に、敢えて考えないようにしていた危惧が脳裏を過る。
ナーガオウ州議事堂包囲戦の直前に起こった、ルージュピーク演習場での南部方面軍と第2戦団の衝突事件のことである。
あの時、南部方面軍の大崎中佐が斬り付けた士官候補生が「太后によく似ていた」と言われた。そして、その直後に日嗣皇子が第2戦団に合流する。
この流れから『南部方面軍が、日嗣皇子暗殺に失敗』し、日嗣皇子からの『反撃を受けた』と見る向きも一部にはあった。
第3戦団中央本部は「それが事実であれば、皇城府より何らかの通知があるはず」として「そのような事実はない」とする公式見解を示している。
戦艦『ワイバーン』に最初に移送される30人が、空中移送機に移動している。空中移送機の後部ハッチが開いて、30人の一般兵を迎え入れる用意を調えている。
柳沢大佐は、階級の上位の者を先に送り出すよう人選したようだ。先に入った者に、後続が到着する前に『ワイバーン』幹部との調整してを果たして貰うつもりで指示を出していた。
「カイザー殿は、日嗣皇子と面識があるのか?」
帝国の近衛軍人である東城准将ですら日嗣皇子の容姿を知らない。しかし、部外者であるラインゴルドのカイザーが、日嗣皇子との本人確認を一切しないことが気になった。
「数ヶ月前に、日嗣皇子は『帝の名代』としてラインゴルド領を来訪しました。その際に、月夜見様から紹介して頂きました」
「そうか」
帝とラインゴルドの前機団長が親しかったことは帝国でも周知の事実である。
しかし……安全保障局が機密扱いしている日嗣皇子を、部外者であるラインゴルド傭兵機団が紹介を受けているとは驚いた。
東城准将は不愉快な感情を覚える。いや、焦燥感と言うべきか。
……どうやら。
いつの間にか、第3戦団は皇城府から切り捨てられていたらしい。




