第226話 途轍もない借り
「サクヤ!」
エリカの顔があった。そして、少し離れたところに新藤中尉もいる。
赤塵の丘ではない……蛍光灯に照らされた室内だった。ネロも、入鹿も、青柳もそこにはいなかった。
(夢か……当たり前だよね)
ネロの棺の前で意識を失い、戦艦『朱雀』の医務室へ運び込まれたのである。
ベッドの中の御堂の身体は強張ったままで、起き上がることができなかった。
視界の隅にいた新藤中尉が、エリカの傍に行き一言二言の言葉を交わす。そして、新藤中尉は医務室を出て行った、
2人の会話は聞こえなかったが、エリカの頷く様子から何となく察せられた。
「はい。顔を拭いてね」
エリカが御堂の枕元にハンカチを差し出した。御堂の両目から、涙が流れ出していたことに今更気付いた。
強張った身体に恐る恐る力を込めて、ベッドから上半身を起こす。肩や首の関節がポキリと音を鳴らした。
ありがとう……そう言おうとしたが、喉が振るわなかった。
エリカの差し出したハンカチを受け取ろうと右手を伸ばすと、その右手は白いスカーフを握り締めていた。
ネロの首から上を隠していたスカーフだ。
『だって……こうなってしまいますから』
御堂の脳裏に過ったのは、夢の中で自身の首を手に持っていたネロだった。
『だって……こうなってしまいますから』
『だって……』
ネロの声で、その言葉がずっと繰り返される気がした。
帝国の首都・不死鳥京。皇城府の北側にある太后の庭園で、月夜見は『嵯峨州掃討戦』の報告を受けていた。
ネロの戦死を聞いた月夜見は、言葉を失い暫し動けなかった。
「ラインゴルドに途轍もない借りを作ってしまったな」
ようやく絞り出した声で、月夜見は小さく呟いた。月夜見の向かいに座す太后も、黙するしかなかった。
太后も、水蛭鹿帝の専用機である21番機のSVとして、白菊の変から戦い抜いてきた。もしも、CRであった水蛭鹿に危機が迫れば、ネロと同じ行動を取っただろう。
そして、射流鹿の専用機である11番機のSVを務める月夜見も同じである。
「ラインゴルド傭兵機団には、素晴らしいSVが育っていたのですね」
SVの最優先任務は、CRの命を護ることである……それが、月夜見が示してきたSVの絶対の使命だった。
「そうだ。私やお前を超えるSVになるはずだった」
ラインゴルド傭兵機団には、ネロに続くSVも育っているはずだ。13番機は新たなSVを得て、戦線に復帰するだろう。
しかし、失われた命と才能は、埋め合わせできるものではない。
-第八章 終わり-




