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90話 兵庫県大会決勝VS神戸海稜②

 左打席に立つ。球場の歓声とか、周囲の音とか、気にならなくなる。


 沙音璃との対決は一年ぶりだ。ちょうど一年前の県大会決勝以来で、特別な想いを抱かずにはいられない。


 一球目、沙音璃の高く上がった右足が降りていく。合わせて重心を操り、スイングの準備を整える。ボールは沙音璃の指をリリースされたと思えば、すぐ目の前を通過した。


「ストライーク!」


 外角低めいっぱいの、文句の付け所のないストレート。速い、絶好調、あとやっぱ沙音璃のフォームかっこいいな、なんて思った。


 二球目、またしても、ストレートで勝負に来た。今度は内角低めいっぱい、考える間もなく、本能で手を出した。


 綺麗に芯で拾う。打球はライト線へのライナー、私は走り出した。が、すぐに観客の溜息をともに足を止める。


「ファウル!」


 打球の着地点は、わずかに一塁線の右だった。バットを拾いながら、次の展開を考える。追い込まれた。スライダーやらシンカーやら、気にしないといけない球種はたくさんある。できれば、追い込まれる前に勝負をつけたかった。

 

 三球目、スライダーが私の内角をえぐりに来る。


「ボール!」


 見逃したが、ボールだという確証を得られない、ギリギリのコースを通っていた。審判によってはストライクといってもおかしくない。今日の球審はあれをボールにする、覚えておこう。


 四球目はストレートで来る気がした。今日の出来なら、ストレートで勝負できる。相手バッテリーはそう考えているはず。


 沙音璃を何度もキャッチャーのサインに首を振った。拒否に拒否を重ねた挙げ句、やってきた四球目は、ストレートではなく、変化球だった。


 ボールの回転数が著しく少ない。ベース手前で失速し、落ちる。まったく頭になかった球。だけど、体が反応し、拾った。打球はセンター前ヒットになった。


「ナイスバッティング!」


 一塁へ到達した私を、沙音璃がなにか言いたげに見つめていた。最後の球は、乃愛と同じ、スプリットだった。


 振り返りはあとにして、走塁に集中する。沙音璃から連打をするのはかなり難しい。盗塁をしなくちゃいけない。


 打席のすみれ先輩に、左手でヘルメットを二回叩くサイン――盗塁します、という合図を送る。先輩の打席の初球、スタートを切る。


「ストライク!」


 投球はストレート、先輩は見送る。キャッチャーの送球はまったく間に合わない。私は盗塁を成功する。


 ワンアウト二塁、チャンスを作った。でもすみれ先輩はセカンドゴロ、四番の星奈先輩は三振に倒れ、先取点とはいかなった。


◇◇◇◇


 緩く、平凡なゴロがやってくる。最初は大きなスライドでボールとの距離を狭め、最後は細かなステップで体勢を整える。丁寧に捕球し、手首のスナップを使って一塁へ送球する。一塁審の右腕が上がった。


「ナイスショート!」


 乃愛とグラブタッチしながらベンチへ戻る。二回表、この回も乃愛は三人で攻撃を終える。神戸海稜の打線は、新しい乃愛の投球に戸惑い、狙い球を絞り切れていない感じだった。ただそれ以上に、乃愛のボールに、調子の良さを感じた。


 二回裏の攻撃を前にし、千庄は円陣を組む。回の先頭打者の日菜子先輩キャプテンに代わって、すみれ先輩(副キャプテン)が、


「桜希が最後打った球さあ、あれ何?」


 と、私へ問うた。


「あれは、乃愛と同じスプリット、もしくはフォークだと思います」


 私が言うと、部員たちに少しどよめきの声が生まれた。


「日菜子、聞いてた?」


「あ、うん。はぁー。ただでさえ打てないのに。そんなのあり?」


 キャッチャーの日菜子先輩は打席に向けて、レガースを外している途中だった。すべてをキャッチャー防具を着脱すると、ヘルメットとバットを持った。先輩がいらぬ考えを捨てれるよう、私には言わねばならないことがあった。


「あ、でも、あんま気にしなくても良いと思います」


「というと?」


 日菜子先輩は完全に打席の用意を終えながらも、ベンチ前に留まり、私の答えを待った。


「あの球は、他の球に比べて完成度が低くて、投げ慣れていない感じがしました。だからこそ、私も初見で打てたわけですし」


「いやそれは、あなたが凄いだけでは?」


「……とにかく、向こうにとってもあんまり信頼のある球じゃないんだと思います。だからこそ、これまで使ってこなかった。今回は乃愛に投げられたから、“あたしもそれぐらい投げれるよ!”っていうアピールのためなんじゃないかと」


 沙音璃の持ち球に以前からあの球があったなら、選抜の決勝とかで使っててもおかしくない。乃愛のように、この夏の新兵器として用意してきた可能性はあるけど、あんまり脅威を感じるキレ(・・)ではなかった。


「なるほどね……わかった。とりあえずスプリットは頭から外す」


 日菜子先輩は打席に向かった。黙って聞いていたすみれ先輩が言う。


「あたしたちも、気にしないでいいってことね?」


「そうですね。あと……」


「あと?」


「いえ……何もないです。私の話は終わりです」


 すみれ先輩を中心に声出しをし、円陣は解かれた。


「先輩! さっきの打席、凄かったですね」


 水分をとり椅子に座り込むと、美月が横に座った。


「連続出塁も継続で、あっちの無安打記録も途切れました。あと、先輩が登場したときの、球場の盛り上がり凄かったです。みんな、二人の対決を見に来たん――」


「桜希、ちょっと来て」


 美月がすべてを言い終わるまま、横から明日葉が言った。


「なに?」


「大事な話。美月、あなたは外して」


「えぇっー! ちょっと先輩、ひどーい!」


 美月は頬を膨らませ抗議したが、ダグアウトの端っこへ向かった私たちに全然ついてこなかった。意外と、明日葉には従順だ。


「最後、何言おうとしたの?」


 明日葉は辺りを確認し、声を潜め言った。


「……言いにくいけど。別に今までの球で簡単に抑えられるバッターに、あえて慣れていないスプリットを投げる必要、相手バッテリーには無いかな、って」


 他の部員を馬鹿にしていると思われる可能性のある、言う必要のない余計な言葉だ。口から出すのを思いとどまってよかった。


「それで、わたしはスプリットを頭に残しとくべき?」


「明日葉には、投げてくるかも。あっちが、どうにもならない(・・・・・・・)と感じたら、ね」


「了解」


 この回の先頭打者、日菜子先輩の打席は三球で終わった。ストレート二つで追い込み、スライダーで空振りをとる。明日葉が言う。


「見た感じだと選抜決勝よりも、良さげに見える。やっぱ、あいつも進化してるってことね」


「うん。ようやく楽しめそう」


「その言い方だと、今までは楽しくなかったって風に聞こえるけど」


「……まあ」


 一打席目のヒットで、大会中の全打席出塁という記録は続いた。とはいえ、今までは投手のレベル的に、簡単に打てたし、四球で逃げられることも多かった。


 自分の持てる力を総動員して望む、心と体で楽しめる、そんな勝負がやっとできる。

 

「嫌な感じ。それ、完全に漫画の敵のセリフ」


 六番の綾乃、七番の乃愛も連続で三振に切って取られ、千庄の二回裏の回の攻撃は、三者三振での終了となった。


◇◇◇◇


 三回表の守りも、滞りなく終わった。打たせてとるピッチングで、テンポよく七八九番をアウトにする。乃愛は一回から三回まで、一人のランナーも許さなかった。攻撃前の円陣で、日菜子先輩が、


「乃愛が頑張ってるし、絶対に先取点とってあげましょう!」


 と言う。春の全国準優勝相手にこれほどのピッチングを見せてくれている。絶対に先取点をとって、楽にしてやらなければならなかった。


 明日葉が言う。


「去年みたいな勝ち方もいいけれど、できれば今年はもっと安心できる展開がいいわ」

 

「そだね」


 全面的に同意だ。去年は常に先行を許した展開で、最終回にようやく追いついた。そして延長戦に勝利したわけだけど、似た展開はごめんだ。劇的な勝利は、後から考えれば嬉しいけど、やっている途中は苦しい。できれば、常に点を勝ち越した状態で、一回もリードを許さず試合を終えたい。


「先輩たち、あたし頑張って出てくるんで、絶対に返してくださいね!」

 

 美月は私たちに言い残し、ネクストバッターズサークルへ。三回裏、千庄の攻撃は八番の結衣先輩からだ。


「美月が出塁してくれるんならいいけど、もしできなかったら」


 美月の背中は目で追いながら、明日葉が言う。


「わたしは出たら速攻盗塁するから、タイムリーよろしく」


「簡単に言うなあ」


 八番の結衣先輩は三振に終わる。明日葉はネクストへ向かい、打席には九番の美月が入る。

「ストライッ、バッターアウト!」


 今大会好調で、一二番へとつなぐ役割を充分果たしている美月だけど、沙音璃相手には何もできず、三球三振となった。


「ドンマイ」


 顔を伏せてもどってくる美月に声を掛けると、


「いやー、やっぱ凄いっすね、あの人」


 美月は苦笑いしながら返した。これで沙音璃は、一回の星奈先輩から六人連続三振、調子づいてきた。


『一番セカンド、関長さん』


 だからこそ明日葉にかかるものは大きい。ここで明日葉までも三振を取られたら、沙音璃はますます乗ってしまう。


 そんな期待を、心に抱いた瞬間だった。沙音璃が投じた第一球、内角への厳しいストレートを、明日葉は完璧に打ち返した。


 白球は、左中間を真っ二つに割る。センターとレフトは必死に追うが、打球は二人のちょうど真ん中へ落ちる。ボールがセンターに拾われ、ようやく内野に返ってきたころには、明日葉の足は三塁へと到達していた。


 沙音璃の球は悪くなかった。力溢れる内角の厳しい球を、あそこまで綺麗に打ち返すのは、並大抵のことじゃない。


「嘘つき」


 私は思わず苦笑いをしてしまった。三塁まで行っちゃったら、宣言通りの盗塁はできない。

『二番ショート、青見さん』


 左打席へ入り、足場を均す。マウンドの沙音璃へ視線を転じると、呆気に取られたように明日葉の方を見つめていた。が、なにやら頭をブルブルと激しく振ると、私へ照準を合わせた。


 ツーアウトランナー三塁、今日二度目の対決。沙音璃はセットポジションからでも大きく右足を上げる。


 一球目、ボールは予想外の軌道を描く。カーブ――ストレート狙いの私を嘲るよう、高くから曲がり、落ちる。ストライクとなった。


「ふーん」


 ここまでの沙音璃の投球はほぼ、ストレートとスライダーのコンビネーションだけに終始していた。さすがに私相手にはパターンを変えてきた。


 二球目、


「ストライクツー!」


 外から内へ、スライダーが入ってくる。コースギリギリのストライクを取られる。打つべきはこの球じゃない。


 追い込まれた三球目、ストレートが外角へ、


「ボール!」


 ボール二個分外だったが、決めにきていたか、今日一のスピードと力を感じた。


 これでツーストライクワンボール、正直次の球は絞れない。ストレート、スライダー、カーブ、あるいはスプリットか。ただひとつ言えるのは、一番厄介なのはストレートだ。


 ランナーは三塁、欲しいのはシングルヒット、強く振る必要はない。ちょこんと当てて、外野前に落とせばいい、そんな気持ちで、特定の球を狙わず、すべての球種に対応する。


 四球目、来たのはスライダー、真ん中から内側へ、キレよく滑っていく。腕を畳み気味にし、芯でボールを捉え、押し込む。快音が流れ、打球はライト線へ。一塁審の判断を待たず、長打・・を確信し、走り出す。


「フェアッ!」


 一塁から二塁を蹴って、三塁へ到達した。三塁打、もちろんサードランナーの明日葉はホームへ生還した。1-0、今年の先制は、千庄だった。


「よしっ!」


 ガッツポーズに力が入る。三塁のカバーに入っていた沙音璃は、なにやら私へ言いたげだったが、何も言わずマウンドに戻った。 

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